2BRO.〈言の絲〉

蒼を掻き遊さむ０６(兄者) ページ11

「え？あ、はい。そうですね」

視線と動かす指先はそのままに、彼女は俺の言葉に答えた。
付き合う日が浅いとは言え、普通恋人同士なら愛称や呼び捨てで呼び合いそうなものだが、何故か彼女はおついちの事を“さん”付けで呼ぶ。今まで俺が見て来たおついちの恋人にしては、随分と珍しいタイプだった。

「なんか理由でもあんのか？」

「・・・？いえ、特には。私より歳上ですし、いつの間にか“さん”付けで定着してしまった感じですかね」

「ふーん」

確かおついち自身も彼女の事を“ちゃん”付けで呼んでいたなと思考を巡らせる。
それもまた、おついちにしては珍しい事だった。元々女性に対して軽いノリで話しかける性格故、
初対面の女性でも“ちゃん”付けで呼ぶが、歴代の恋人は全て呼び捨てだった筈だ。
本気の相手には意外と奥手なのか・・・とおついちの意外な面を知り、思わずニヤける。


「・・・次会ったら呼び捨てで呼んでやれ」

「え？」

俺の言葉に彼女は動かしていた手を止め、此方へと振り返った。
首を傾げる彼女に俺はニヒルに笑い、サングラスを指で押し上げる。

「おついちの事だよ。良いから言われた通りにしろ。男ってのはよぉ、口にはしねぇけど他と差を付けた方が“特別”扱いされてるようで嬉しいんだよ。惚れた相手なんか特にな。特別になればなるほど、深く相手を好きになる」

「そうなんですか？」

「そう言うもんなんだよ」

ましてや、恋愛に疎そうな彼女から突然そんな事をされたらより効果覿面だ。
赤面して慌ててふためくおついちを是非とも覗き見したいものだと、ニヤニヤしながら考えている俺に、彼女が静かに微笑んだ。


「兄者さんは彼女さんの事が大好きなんですね」


彼女の思い掛けない言葉に一気に恥ずかしさが込み上げ、慌てて彼女から顔を背けて、追い払うように手を振りながら俺は言葉を紡いだ。

「・・・俺の事はどうだって良いだろっ。おら！さっさと仕事しろ、仕事！」

「はひっ！す、すみませんっ！もう少しで終わりますのでっ！」

少し語気を強めた俺の言葉を聞いた彼女が、慌ててパソコンの画面へと視線を戻した。
顔には出てはいないだろうが、高鳴った鼓動を鎮める為、俺は深く深呼吸をした。
恥ずかし気もなく、さらっと核心を突くのだから此方も気が気ではない。
・・・これだから天然系は苦手なんだ。



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