２人の距離【憧れの先】4

特別な顔 ページ1

「電話、出ないんですか？」

坂本くんの声で我に返った。

「仕事の電話じゃないから、今はいい…」

やっとそう言った時、振動は止んだ。

坂本くんはまだ悲しそうな顔をしている。

手が震える。
こんな時に――
どうして私を呼ぶんだろう。

何度も何度も、結弦くんは私を呼び戻す。
私がどこへも行けないのをわかっているみたいに。

直後にメッセージが入る。

結弦ごめん、忙しいかな?次は11日だけど来れる?

思わず既読にしてしまったけど、何も出来ずにそのままダイニングテーブルに置いた。

照明の下で、スマホケースのストーンがキラリと光る。
坂本くんが、それをじっと見つめた。

「ずっと思ってたんですけど、それって春ちゃんですよね？」

ん？ハルチャン…？

「へ？何のこと？」

「羽生さんの、春よ来いの衣装っぽいなって。そのケース」

ああ、ハルチャンって春ちゃんのこと…。
ファンの人って、春よ来いのことをそう呼ぶんだっけ。
あまりにサラっと言われたから何のことかわからなかった。

「うん。でもよくわかるね。見ただけで」

「まあ、飽きるほど見てるんで」

「あ、そうか。お母さんが大ファンなんだっけ」

「そうです。それ、羽生さんからのプレゼントですか？」

「うん…。でももう変えるつもり」

別れてからもずっと使ってたけど、もう変えなきゃいけない。
そっと上からケースに触れる。

「気付いてました？Aさん、それに触る時、特別な顔するの」

「特別な顔？」

「気付いてないならいいです。こっちはずっと見ないふりしてたし、出来れば一生気付いて欲しくなかったんで」

「……」

「今の、羽生さんからの電話でしたか？」

「……」

坂本くんがふっと笑う。

「このまま、さらっちゃおうかと思いましたけど」

そう言うと坂本くんは私の横をすり抜けて、ダイニングテーブルの上に置いてある袋の中身を出し始めた。

大きなお弁当がひとつと、コンビニのロールケーキ。

「そこの弁当屋、まだやってたんで。特製デラックス弁当、けっこう旨いんですよ。あとこれはおやつです」

ポカンとする私に坂本くんがやれやれという顔をする。

「疲れてお腹も空いてるから変なこと考えちゃうんですよ」

「そんなこと、ない」

「まあ疲れてる時につけ込んだ俺が言うなって感じですけど」

「ちゃんと聞いてもらえて嬉しかった。だから私、」

坂本くんは私の言葉を遮るように、トンと両手でテーブルを打った。

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