２人の片想い

噂 ページ9

『ハブ ユヅル』になった俺に対しての関原さんの慌てっぷりったら見てられなかった。

気にしなくていいと言ったものの、その顔面からは血の気が引き、必死で頭を下げ、今からミスを訂正する、急いですると言い残して脱兎のように去っていった。

別に怒らないけどお客の名前を間違えるなんてかなり失礼だし、初歩的なミスな気がする。

スケートでいうと、ただ真っすぐ滑ればいいところをなぜかコケるみたいな。

それにしても。
仙台で羽生結弦を『ハブ ユヅル』にするなんて相当ヤバいと思ってプッと笑っていると、隣の給湯室に誰かが複数で入ってくる音がした。

さっき関原さんがお茶を淹れてくれた時に見えた給湯室は、この応接室の内扉からも、更に外からも入ってこれる造りになっているようで、壁も薄いのかよく音が聞こえてくる。

「終わったん？応接」

「さっき終わったっぽいですね。関原主任、クロージングの挨拶に行ってましたから」

いや。待て。まだ終わってない。俺いるし。声デカいし丸聞こえだ。

２人の男は更に話し続ける。

「そういや坂本、さっき大丈夫だったの？」

1人は俺を案内してくれたあの坂本さんか。
さっき関原さんに助けを求めてきたのもこの人だ。

「結局、関原主任が対応代わってくれました。ほんとこの店、上が機能してなくてヤバいっす」

「まぁ、中は関原主任でもってるようなもんだからな。主任、すっげー慌ててたけど、なんか他も対応しながらだったの？大丈夫だったんかな」

「多分、大丈夫だったんだと思います。もう終わったみたいだし」

ぜんっぜん大丈夫じゃないから！！

俺、ハブユヅルになったし。

そこへ申し訳なさそうな関原さんが静かに戻ってきた。

まだ給湯室の男性２人が話を止める気配はないけど、関原さんは気付いてない。

何か嫌な予感がすると思った時、

「そういや関原さんってもう２９？彼氏いないんかな？」

デカイ声が響く。

うっわ、最悪。

関原さんもその声に気付いて固まっている。

「さぁ、いないんじゃないですか？知らないですけど」

「顔とスタイルはまあまあいいのにどうして放っておかれてんのかな？なんか難あり？」

「え、先輩、気になるんですか？」

「いや、ないない。お前は？」

「ちょっと・・・ないですね・・」

２人はアハハと笑っている。

こいつら最低最悪。

しかも仕事で助けてもらった彼女に対して。

もう聞いていられない、と思ったその時、関原さんがそっと立ち上がった。

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