２人の片想い

気楽な関係 ページ27

【結弦】

彼女を最初にリンクに誘ってから２ヶ月ちょっと。


お互い仕事があるので、都合が合う時だけだけど、週に１回のペースで会ううちにたいぶ打ち解けて話せるようになった。


お互いの呼び方も『結弦くん』と『Aさん』に変わった。


敬語も取れて、順調に友人関係を築いているといえる。


彼女はリンクの隅のほうで独自にスケートを楽しんでいる。


俺は人に教えるまでの余裕がないので、時々通りがかりにアドバイスする程度だけど、それでもだんだんと上手くなっている。


それぞれ勝手に過ごして、休憩時間にお喋りをするという気楽な付き合いだ。


俺が手取り足取り教えて、彼女が転びそうになって支えてドキっとするなんていう、お決まりの展開には全くなりそうもない。


五輪の金メダリストだぞ、ちょっとは狙えよとか言いたくなる。


まぁ言わないけど。



「かなり上手くなってんね」


「金メダリストの技術を目で盗んでますから！」


キラキラ顔で得意げな彼女に冷ややかな視線を送る。


「うわ、調子に乗ってる・・。でもマジで素質はあるんじゃない？真剣にやったらスピンも、軽いジャンプもいけるようになるかも。このリンク、大人も習えるよ？」


教室で習って、夜、時々こうして滑っていれば本当に上達しそうだ。


「うーん、このまま楽しくやってればいいかな・・」


「なんで？もったいない。練習すればもっと上手くなるのに」


「うん。それが結弦くんらしい考え方」


「俺、らしい？」


「そう。なんでも興味あることは追及して努力して一番になっちゃう！」


「興味ないことは全然だけどね」


「私はね、たくさん憧れてることはあるの。小説も好きだし、ピアノも好きだし、今はスケートも好きだし、仕事もそこそこ好き」


「ピアノ弾くんだ？」


「結弦くんの、バラード１番は無理だけどね」


「いつか弾いてよ」


ふふと彼女が笑う。


「私は憧れって憧れのままが一番素敵だと思うの。近づこうともがくと挫折に変わって、嫌な気持ちになったり、周りを妬んだりすることもあるでしょ？」


「まぁ、それは何となくわかるけど」


スケートでもよくあることだ。


最初は有望視されて純粋なやる気に満ちていたのに、いつしか自分の限界が見えてしまって、暗い顔をして去っていくスケーターを何人も見てきた。


俺みたいに成功出来る人間などほとんどいないことは良くわかっている。

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