すぐ近くに(izw) ページ37
真っ暗なオフィスに戻ったのは、現実から目を背けたくなったから。
いつもより早く帰れるから、と少し買い物して行こうと思ったのが間違いだった。少し遠めだったけど、見覚えがあったのは自分の彼氏。なんだ近くに居たんだ、と近付こうとすれば彼は反対方向から来た綺麗に着飾った女の子に手を振った。
「なん、で？」
背中を向けた彼越しに目が合ったその女の子は私の可愛がっていた後輩で、まるで挑発されるかのように彼女は笑って彼の腕に手を回した。
フラフラと元の道を戻って、溢れてきそうになる涙を堪えてオフィスの鍵を開けた。
執務室の電気を付けても誰も居ない静けさがまた涙を誘う。ポロポロと頬を伝う涙はそのままに、床にへたりと座り込んだ。
どれだけ時間が経ったのか、涙も自然と止まりぼーっと背中を壁に預けて座ったまま、ガチャ、と玄関の開く音がして焦る。
玄関の鍵、掛けてなかった！？
こんな時間に誰か仕事に来るはずもないし、まさか空き巣？いやいやそれは、でも、と不安からじっと体を固くすることしか出来なかった。
再び聞こえたドアの音は正しく執務室を開く音で、ビクッと肩を揺らせば向こうからも驚いた声が聞こえた。
「っ！？なんだAかよ、ビックリした」
「い、伊沢さん」
「電気着けっぱなしだったっけ？って思って戻って来たんだけど、なにどうした？」
ぐずぐずになったメイクで私が泣いていたことに気付いたらしく、彼は定位置に座った。
「随分前に帰ったはずなのに、なにかあった？嫌がらせとか」
「いえ、そういうものじゃなくて、、普通にプライベートなことで」
「、、ああ、アイツね」
伊沢さんと同級生だったという彼と付き合うことは伊沢さんをはじめとする初期メンバーと言われる先輩方に反対された覚えは記憶に新しい。女グセが悪いから止めとけ、と須貝さんに説得されたこともあるくらいに、男性陣には有名な奴だった。
「私の後輩と浮気してて」
「そっか、、やっぱり直ってなかったか」
「たまたま見かけちゃって家に帰りたくなくて、気付いたらここに、、すみません」
「あー、こういう時に何て言っていいのかわかんねえけどさ」
かた、と立ち上がった伊沢さんが隣にストンと腰を落とす。伸びてきた右手は私の頭を撫で、彼の肩口に乗せられる。
ぐす、と乾いたはずの涙が彼の服を濡らす。
『あんな奴より大事にしてくれる奴が近くに居るのに』
いつだったか言われた須貝さんの言葉が心の中にこだました。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 351人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
にゃにゃ(プロフ) - ありがとうございます。ハマったところにこちらに出会えまして、あまりの幸せにめまいがしています。本当に素敵なお話たち。こんなにときめくと思いませんでした。ありがとうございます(ToT) (2021年11月8日 16時) (
レス) id: 2ad0412afb (このIDを非表示/違反報告)
亜杞(プロフ) - にゃにゃさん» そちらでしたか！１年前のお話でしたから書いた本人も忘れてましたwのんびり楽しんでくださいね！ (2021年11月8日 16時) (レス) id: 892b969d86 (このIDを非表示/違反報告)
にゃにゃ(プロフ) - 勝手がわかっておらずすみません。初めてこういう世界を知ったところで興奮状態で書き込んでおりました。「悪戯」の感想でした！読むお話が全部素敵で、少しずつ大切に読ませていただいてます。また感想書かせていただきます。 (2021年11月8日 16時) (レス) id: 8b6663a836 (このIDを非表示/違反報告)
亜杞(プロフ) - にゃにゃさん» コメントありがとうございます！「関係性」についての感想ですかね？kwmrさんぽい、と読者さまによく喜んで頂いております。他にもたくさんコメントありがとうございました！ (2021年11月8日 13時) (レス) id: 892b969d86 (このIDを非表示/違反報告)
にゃにゃ(プロフ) - 最後のところでたまらず声が出ちゃいました。河村さん、、！！皆の反応もほんとその通り、脳内再生されました。楽しいですね！ありがとうございました。 (2021年11月8日 10時) (レス) @page14 id: 8b6663a836 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：亜杞
| 作者ホームページ：
作成日時：2020年10月30日 0時
