第五百四十四話 何度だって ページ40
「春の人生は全部春だけのもの。だから春が何を選ぼうと、私には否定する権利なんてない。でも」
かつてAが春にかけた言葉だった。父からの命令に従うしかなくて、婚約者にも弄ばれそうになり、心を塞ぎ込んでいた彼女にかけた言葉。
＿＿＿もう一度、何度だって言うよ。
「顔をあげて」
＿＿＿貴女が何度躓いたって、私が手を差し伸べるから。
「真っ直ぐ前を向いて」
彼女の手をキュッと握る。手袋越しではその熱は感じられなかった。だがAはそれでも彼女の手を力強く握っていた。
「自由を掴もう」
＿＿＿＿誰かに与えられた幸せなんかじゃなくて、自分で掴み取ろう。
「A…私…」
「困らせちゃったね。今日は帰るね」
奥村に丁寧なお辞儀をして、Aは彼女らに背を向けた。複雑なモヤを抱く胸を撫でながら、駅への道を再び歩く。一度だけ、後ろを振り返ってみた。
「…春」
そこには不安げな表情の春がいた。自分の言葉に心当たりがあり、思い悩んでしまっているのだろう。隣に愛する父親がいるというのにそんなことも忘れてしまうほど、彼女の表情は思い詰めたものになってしまっていた。
「……」
Aは唇を強く噛み締めた。
◇◇◇
Aは家の扉を開き、鍵を閉めるとすぐに彼の姿を求めて、ずんずんと歩みを進めた。早く、早く会いたい。その一心で。
「……」
無言でパソコンに向かっている吾郎。机周りには調べ物をしている痕跡がある。大方、丸喜についての情報を独自に集めていたのだろう。こちらが帰ってきたことにも気付かないほどの集中力だった。
Aは気にすることなく、椅子に座っている彼の背中に抱きついた。ビクッと肩を猫のように跳ねさせたあと、ジト…とした目でAの方を見てくる。
「何？ただいまもなしに」
「ただ、いま…」
「…落ち込んでるの？」
頷く代わりに彼を抱きしめる力を強めた。吾郎はそんなAを引き剥がすことなく、暫くは続けてくれる。だがある程度すると鬱陶しくなったようで。
「いい加減離れなよ。暑苦しい」
「…今、冬なのに」
むすっとしながらも、そう言われては仕方がないと彼から離れるA。もう少しくっついていたかったのに。唇尖らせて、彼から視線を逸らし続けていると、目の端に吾郎の手が映った。
「…ほら」
小さく手を広げている。
「後ろからじゃなくて。正面からのがいいだろ」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 153人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
すみれ(プロフ) - すしをさん» いつも本当にありがとうございます🥹なんて素敵な自分ルールなのでしょう。すしをさんに早く見ていただけるように更新頑張りますね！いつもコメントに元気貰ってます。またいつでも優しいお言葉をお待ちしています🥰 (2月18日 21時) (
レス) id: 945d36a3b1 (このIDを非表示/違反報告)
すしを(プロフ) - 三学期だ〜！！すみれさんのお話は少し間を空けてから一気見するという自分ルールに縛られ(？)中々最後まで見られていませんでしたが、やはり素敵だ…。無理のない範囲での更新心よりお待ちしております (2月18日 1時) (レス) id: 83df5084ef (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：すみれ | 作成日時：2024年1月10日 17時
