第五百三十二話 手放したくない ページ28
杏の頭の中に記憶が流れる。鴨志田が改心したあの日。責任をとって死ぬとまで言った彼を杏の言葉が変えた。「志帆だって…死にたいほどの事件続きを、ちゃんと生きてる。アンタだけ逃げないで」と。その時の気持ちをなかったことにされてしまうのは、嫌だ。
「ごめん、困らせること言っちゃったね」
本当は乗り越えられていないのかもしれない。嫌な記憶として死ぬまで残り続けるのかもしれない。幸せを手放すか、今までの努力をなかったことにするか。その二つを秤にかけて、どちらに傾くかはその人次第だ。
＿＿＿でも。
「…私は、杏を信じてる」
「A……」
「私、もう行くね。二人とも、今日はありがとう！」
日はもう沈み、外は真っ暗だ。そろそろ彼との待ち合わせの時間であるのと、杏に考えてもらう時間を与えるべきだという思いのもと、Aは一足先に彼女たちから離れる。
二人に背を向け、吾郎と待ち合わせをしている場所へと足を向けると、後ろから志帆の「またね、Aちゃん」という優しい声が聞こえてきて泣きそうになってしまう。
＿＿＿ああ、これすごくキツいな。
一度与えられるとそれを手放したくなくなってしまう。そんな心理的現象がAの邪魔をする。すべきことは見えているはずなのに心が揺れる。
「はぁ…」
と長いため息を吐いて、彼との待ち合わせ場所の近くにある柱に背中を預けた。こうしていないと立っていられないほど身体に力が入らない。
「A」
彼がこちらに歩いてきて自分の名前を呼ぶ。Aは右手を軽く上げて手を振る。そんな一瞬の行動でもAの力の入り具合に違和感を感じたようで、吾郎は「大丈夫？」と声をかけてくれる。
「あはは、大丈夫だよ。ちょっと、疲れちゃっただけ」
「…そう」
吾郎もAの隣で柱に背中を預ける。しばらくの沈黙の後。彼は口を開くと共に、その手の中にあったものをAに渡した。
「はい、これ」
「これ、鍵？」
「僕しか持っていないのは不便だろ。これは君のだから、好きに使えばいい」
＿＿＿用事があると言っていたのは、これを作りに行くため？
彼のことだからきっとそうだろう。ハッキリと行動にはしないが、少し回りくどい方法で色々なものを与えてくれる。そういうところが好きだ、とAは目を細めた。
「ありがとう…！」
「…ん」
＿＿＿合鍵、か。ドキドキしちゃうなんて。
「ああ、一つだけ。これだけは守ってくれないと」
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すみれ(プロフ) - すしをさん» いつも本当にありがとうございます🥹なんて素敵な自分ルールなのでしょう。すしをさんに早く見ていただけるように更新頑張りますね！いつもコメントに元気貰ってます。またいつでも優しいお言葉をお待ちしています🥰 (2月18日 21時) (
レス) id: 945d36a3b1 (このIDを非表示/違反報告)
すしを(プロフ) - 三学期だ〜！！すみれさんのお話は少し間を空けてから一気見するという自分ルールに縛られ(？)中々最後まで見られていませんでしたが、やはり素敵だ…。無理のない範囲での更新心よりお待ちしております (2月18日 1時) (レス) id: 83df5084ef (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：すみれ | 作成日時：2024年1月10日 17時
