勝負１ ページ39
侑李サイド
ガチャン、と鍵が開く音がして時計を見ると、十二時をまわっており、日付が変わっていた。
伊野尾先生「ただいまぁ。まだ勉強してるの？」
伊野ちゃん先生はソファに鞄を投げて、僕の部屋に入ってきた。
侑李「おかえりなさい。これくらいしないとさ……」
みんな勉強しているから、僕もしないといけない。
それに僕はずっと病院にいたから、小学校の授業も中学校の前半の授業も受けていない。
追いついて追い越さないと、と思うと、睡眠時間を削って勉強するしかないのだ。
伊野尾先生「涼介のところ、毎日来てるでしょ」
その話題が出た時点で、伊野ちゃん先生の言いたいことはわかった。
侑李「そうだよ」
わかったけど、気づいていないように言った。
伊野尾先生「これからも、毎日来るつもりなの？」
侑李「うん」
伊野尾先生「それで、毎日夜遅くまで勉強すると……」
伊野ちゃん先生の声が、小さく、低くなっていく。
侑李「怒ってる？」
伊野尾先生「怒ってるよ。これからもっと大変になるのに、そんな生活続けたら、侑李が壊れちゃうじゃん？」
怒ってると言いながらも、優しい口調だった。
侑李「僕は、勉強より涼介が大事で、でも、勉強も大事だから……」
伊野ちゃん先生は、「わかるよ」と頷いてくれた。
侑李「涼介、まだ油断できない状態なんだよね？ それに僕も再発の可能性がある。時間が……あるように見えて、実はないのかもしれない。僕は涼介と一緒にいたい。でも、生きるためには勉強しないといけない」
伊野ちゃん先生は、僕を抱き締めた。
きっと、僕を慰めるためというより、自分が泣いているところを僕に見られたくないからそうしたのだろう。
伊野尾先生「ごめんな、侑李。気持ちはわかる。
でも、本当に、おまえが壊れちゃうんだ。お願い、聞いてくれないか？」
その声が震えていた。
一滴のしずくが首元に落ちてきた。
侑李「先生が、僕のこと大事に思ってくれてるの、すごく伝わってきたよ。今日はもう、勉強やめる」
伊野尾先生「ありがと」
侑李「でも、涼介のところは、行かせてください。勉強時間少なくするから、お願いします」
たとえくだらない話ばかりでも、話すことがなくても、
涼介といる時間は、何よりも大切で。
顔を見るだけで、幸せになれる。
伊野尾先生「二人とも、完全に治してあげられたらいいのに」
伊野ちゃん先生がとても小さな声でそう言ったのが、聞こえてしまった。
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作者名：J | 作成日時：2020年9月29日 14時
