1. 楽園 ページ2
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梟谷学園は都心から少し離れた場所にある。鬱憤や不満や、抑え切れないながらも必死に抑え、消化の仕方を忘れてしまった爆弾から逃げるように、ほんの少しだけ線を引いた先。アスファルトで舗装され、欅に両端を塞がれた一本道の果てに麗しき我が校は佇んでいた。
───なんだか牢獄みたい。
小さく吐かれた息は一体どこへ向かうのか。教室の両側にある窓の一つに白い結露をもたらして告げられた言葉を拾い上げる誰かはたった一人だった。
その一人もまるで聞こえていないかのように、日に焼けた本のページを捲る。
ここが牢獄なら、本当の牢獄はどれだけ居心地が悪いんだ。ページを追う視線はそのまま、脳に思考の余地を与えるが鮮明な答えは得られない。とはいえ、誰かに答えを求める気にも今読んでいる本に答えがあるわけもないから、これは保留の問題か。それとも後に難癖をつけて宿題とされる面倒事か。
「ねえったら」
先ほどの戯言はより鮮明に言葉になって飛ばされた。それに形を与える声音は柔らかで、秋風のようにどこか冷たい。
「ねえ」
また、声が誰かを呼んだ。
「聞いてる? 赤葦くん」
とうとう鮮明に自分が名を差されてしまった。
まあ、差されたくないとは思っていてもここには彼女と赤葦しかいないのだから、彼女が話し相手を求めるならば自分しかいないと分かっている。分かっているから、赤葦の行動はスムーズだった。
まず、彼女には聞こえないであろう程度に息を吐く。ため息と呼吸の間ぐらいの朧げなもの。
次は開きっぱなしのページ番号と段落の一文を暗記する。この手は赤葦の得意とするところで、息を吐いて吸うのと同時に脳に刷り込んでやる。きっと有りえないだろうが、もしもの時のためにブックマーカーをつければ完璧だ。
そして最後、ダメ押し。言い換えれば報復と怒り。それを沢山込めて、どうせ届かないだろうなと諦めついでに、今度は確かにため息をついた。
「なんですか、先輩」
赤葦の声に少し離れた彼女は笑った。
その笑顔はもう見慣れてしまったが、一度点けてしまったモノというのは何でも可燃物にしてしまうらしい。ネクタイの下、学ランであったなら第二ボタンの近くが嫌に煩く熱い。
しかしそんな事、彼女が知るわけもないし。
知っていたとしても知らないフリをするのが得意なひとだし。
長くはない付き合いだけれどそのことは知っているから、赤葦は大人しく彼女が口を開くのを待つ。
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ふじの - 百合郷さん» 百合郷さん、コメントありがとうございます。嬉しい言葉の数々に感情が胸を巡りゆくばかりです!私も百合郷さんの作品拝読しておりました。正当世界の言葉の巧みさ美しさには簡単な息が漏れるばかりです。 (2019年11月10日 10時) (レス) id: ed38d3094c (このIDを非表示/違反報告)
百合郷(プロフ) - 完結、お疲れ様でした!題名に惹かれて以降、こっそりと拝読しておりました。言葉だけの表現では限界があり、全てをお伝えすることは叶いませんが、本当に心揺さぶられる物語でした。日本語の美しさや儚さが、より一層引き立てられる文章ですね…。 (2019年11月10日 0時) (レス) id: 24caafd982 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ふじの | 作成日時:2019年11月2日 22時