▽ ページ43
大きな身体が俺を抱き寄せた。
彼に比べて小柄な自分の身体は、すっぽりと腕の中に収まってしまう。
ぎゅう、と腰に回された腕に力が篭った。
...いつも、こうだ。
気づいたのは2ヶ月ほど前。
今日みたいに身体を重ねた夜に、小さな物音に目が覚めた。
俺が生きていることを確認して、安心のため息を吐いた後、こうやって強く抱き寄せる。
逃がさない、とでも言うように。
離さない、とでも言うように。
...まるで俺を、檻の中に閉じ込めるみたいに、強く。つよく。
何度されても分からない。
何故。何を、そんなに不安がっているのかが。
どうして毎回毎回、俺の息を確かめるのかが。
戦場じゃないんだから、そんなに簡単に死ぬ筈ないのに。
どうして。なぜだろう。
疑問と違和感が次々に浮かび上がっては、喉の奥に飲み込まれていく。
何度も言おうとした。
何故か、と聞こうとした。
後ろを振り向いて、どんな顔でいるのかと確かめようとしたんだ。...何度も、何度も。
けれど。だって、このあとにも。
｢......今度こそ、失わせないから...｣
あぁほら、また、この台詞。
｢今度｣って、なんだよ。
｢前｣って、いつの話だよ。
何で教えてくれないの。分かんないよ。
苛立ちと疑問が頭を占めても、その声色に掻き消されていく。
震えた声だ。泣きそうな声。
決して俺の前では出さないような、不安に呑まれた声。
それを言ったら困らせるだろうことが。
彼を悲しませるであろうことが分かってしまうから。
また。今夜もまた飲み込んで。
いつしかパンクしてしまいそうな本音に、ひとつふたつと鍵をかける。
...大丈夫。まだ、飲み込んでいられる。
大丈夫。
｢いつも通り｣でいればまた、彼は隣で笑ってくれるのだから。
...大丈夫。
すぅ、とひとつ息を吸い込んだ。
シーツに染み込んだ性の香りの中に、嗅ぎなれた洗剤の匂いがする。
＿＿ひとつ胸に湧いた違和感を、またひとつ飲み込んだ。
＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
前の話の他視点を作るの大好きです。
この話、最後の一文が一番気に入ってます。
この文、直前までのbrさんの行動ではなく｢嗅ぎなれた洗剤の匂い｣に対する違和感なんですよ。
パッと見でそう気づく方もいるかもしれませんが、話の流れ的に前者で解釈する人も多そうだなと思い...こういう色んな解釈ができる文大好きなんですよね...
リクエスト頂いているお話ですが、CPが連続してしまうので次回の更新に回します。
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作者名：ローゼ | 作成日時：2021年8月12日 19時
