▽ ページ14
制服の袖でも引っ張ってみようか。
そうしたらきっと、優しい彼は立ち止まってくれる。
...いやだめだな。どうせ帰らないといけないのは同じだし。
それに何故引き止めたのかと問われても、きっといい言い訳も思いつかない。
目の前に自販機が見える。
駅がもう少しで視界に入る。
分かりきっているのにどうしてもこの時間が惜しい。
どうせ明日も会えるのに。
きっと明日もこうやって帰れるのに。
どうしていつもいつも、少しでも引き伸ばしたくなってしまうのだろう。
「飲み物買っていい?」
「またかお前。一昨日も買ってたろ。」
「喉乾いちゃって。」
「...いいよ。何飲むの。」
「おっ、奢ってくれんの?」
「奢んねぇよばか。」
ぺしり、と軽く頭を小突かれる。
いて、なんてわざとらしく口にして、堪えきれなくなった笑みを零す。
そうすれば彼も、それに釣られるように少し笑って。
そうしたら俺の、この心臓がまたきゅうと音を立てる。
そんな日々の繰り返し。
楽しいような、切ないような。
そんな毎日の繰り返し。
「何買ったの。」
「おしるこ。」
「早くね?」
「飲みたくなっちゃって。」
そう零して口をつける。
「火傷すんなよ〜」なんて彼の言葉を聞きながら、甘い甘いおしるこを飲み込んだ。
ぴり、と舌が痛む。あーあ、火傷しちゃった。
「あっっつぅ...!」
「言ったそばから...」
「でもんまい。」
「良かったな。」
きんときも飲む?なんて、冗談交じりに口にしてみた。
あんこは確か嫌いじゃなかった筈。
...まぁ、それでも男友達と関節キスとかごめんか。
そうは思いながらもちらりと視線をそちらに向ければ、予想とは裏腹に彼は驚いたように目を見開いてこちらを見ていた。
少しオレンジがかった街灯のせいだろうか。
ほんの少し、彼の頬が赤く色づいているように見える。
「!.........いいの?」
「えっ、」
「えって...お前が言ったんじゃん...やならいいけど別に。」
「いや...ど、どうぞ?」
何故か口篭りながら缶を差し出せば、彼は少し腰を屈めて口を付ける。
差し出してんだから受け取ればいいのに、とは思うも、いつもより近づいた距離が惜しくて口にはできなかった。
「...ん、うまい。」
「うん...」
彼が離れるのと同時に、ほんの少し柑橘系の香りがした。
彼が使っている洗剤だろうか。
かなり長いこと一緒にいたのに、初めて知った。
161人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:ローゼ | 作成日時:2021年8月12日 19時