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制服の袖でも引っ張ってみようか。
そうしたらきっと、優しい彼は立ち止まってくれる。
...いやだめだな。どうせ帰らないといけないのは同じだし。
それに何故引き止めたのかと問われても、きっといい言い訳も思いつかない。

目の前に自販機が見える。
駅がもう少しで視界に入る。
分かりきっているのにどうしてもこの時間が惜しい。
どうせ明日も会えるのに。
きっと明日もこうやって帰れるのに。
どうしていつもいつも、少しでも引き伸ばしたくなってしまうのだろう。

「飲み物買っていい?」
「またかお前。一昨日も買ってたろ。」
「喉乾いちゃって。」
「...いいよ。何飲むの。」
「おっ、奢ってくれんの?」
「奢んねぇよばか。」

ぺしり、と軽く頭を小突かれる。
いて、なんてわざとらしく口にして、堪えきれなくなった笑みを零す。
そうすれば彼も、それに釣られるように少し笑って。
そうしたら俺の、この心臓がまたきゅうと音を立てる。
そんな日々の繰り返し。
楽しいような、切ないような。
そんな毎日の繰り返し。

「何買ったの。」
「おしるこ。」
「早くね?」
「飲みたくなっちゃって。」

そう零して口をつける。
「火傷すんなよ〜」なんて彼の言葉を聞きながら、甘い甘いおしるこを飲み込んだ。
ぴり、と舌が痛む。あーあ、火傷しちゃった。

「あっっつぅ...!」
「言ったそばから...」
「でもんまい。」
「良かったな。」

きんときも飲む?なんて、冗談交じりに口にしてみた。
あんこは確か嫌いじゃなかった筈。
...まぁ、それでも男友達と関節キスとかごめんか。

そうは思いながらもちらりと視線をそちらに向ければ、予想とは裏腹に彼は驚いたように目を見開いてこちらを見ていた。
少しオレンジがかった街灯のせいだろうか。
ほんの少し、彼の頬が赤く色づいているように見える。

「!.........いいの?」
「えっ、」
「えって...お前が言ったんじゃん...やならいいけど別に。」
「いや...ど、どうぞ?」

何故か口篭りながら缶を差し出せば、彼は少し腰を屈めて口を付ける。
差し出してんだから受け取ればいいのに、とは思うも、いつもより近づいた距離が惜しくて口にはできなかった。

「...ん、うまい。」
「うん...」

彼が離れるのと同時に、ほんの少し柑橘系の香りがした。
彼が使っている洗剤だろうか。
かなり長いこと一緒にいたのに、初めて知った。

▽→←月が綺麗な日の話 nk→kn



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作者名:ローゼ | 作成日時:2021年8月12日 19時

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