Please,stay with me kr→br ページ45
きりやんside
｢ここにいて｣
そんな簡単な言葉ひとつ口に出せなかった。
離れていく背中に伸ばした手は空を切って、服の裾を掴むことすら叶わない。
この際目の前で泣き出してやれば良かったんだろうか。
それで無理やりにでも彼を引き止めて見せれば良かったんだろうか。
｢ごめんね｣｢好きだよ｣｢行かないで｣
この3言が言えれば何か変わっただろうか。
ねぇお願い、いかないで。
それだけでも言えれば、なにか。
何か、変えられただろうか。
＿＿...最後に振り向くことくらいは、してくれたんだろうか。
傷つけて傷つけて傷ついた。
爪の先ばかりで、浅く傷をつけ合っていた。
友達だった頃はよかった。
軽口の応酬なんてしょっちゅうだったし、それでお互い笑いあっていた。
でも恋人になって変わった。
お互いに笑えなくなった。
少しのことでピリついて、喧嘩になって。
いつしか軽口どころかちゃんとした会話もしなくなって。
ナイフばかりを突き立てていた。
それでもまだ恋人でいた。
いつか戻れる気がしてた。
もう少し時間があれば、変われた気がしてたんだ。
『もうさ、よくない？』
...彼にそう言われるまで、本気でそう思ってた。
久しぶりに来た連絡だった。
柄にもなく浮かれて、予定の時間よりも随分早く到着してしまって。
少し浮かれた足取りを押さえ込んで、普段通りを装って店に入った。
こんなことならもう少しゆっくり行くんだった。
...まぁ、ゆっくり行ったところで状況は変わらなかったんだろうけど。
『意味ないよね、恋人でいんの。友達だった頃の方が楽しかった。』
つきり。胸が痛かった。
...あぁ、これは、別れ話だ。
当たり前の話を脳内で咀嚼するのには随分と時間がかかった。
注文したコーヒーが不味い。
おかしいな、ここのコーヒーはお気に入りだったのに。
やけに苦くて美味しくない。
ひとつシロップを入れた。
｢珍しいね｣なんて声がした気がした。
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作者名：ローゼ | 作成日時：2020年8月8日 18時
