夜明け前の話 ５ ページ22
携帯端末から電子音が聴こえたのは、真夜中を過ぎた頃だった。
浅い眠りの中にいた宮園は、相手も確かめずに通話ボタンを押す。
『はい みやぞの』
｢＜あ、しおりちゃん？ 寝てた？＞｣
明るい声色に軽く目眩がする。
『ねてた』と呻くように言い、寝返りを打った。
スプリングが軋む音は、二人寝だと興 奮するのに一人寝だと耳障りだ。
｢＜夕飯の件、ごめんね？ あの後別件で捕まっちゃってさ＞｣
『だと思った』
端から期待もしていなかったのだから、傷つくことはない。
宮園は素気無く答える。
｢＜今度何か埋め合わせするから。なんなら、今からでもいいけど＞｣
『別にいい。こんな時間に食べたらデブになる』
伸びてしまった背は縮まないものの、体型は理想的なまま維持したい。
だから夜十時以降は飲食をしない心構えだった。電波の向こう側で、麻生が笑う。
｢＜ちょっとぐらいぽっちゃりしてたほうが、健康的でいいよ。しおりちゃんなら丸くなってもきっと可愛い＞｣
『嬉しくないな』
そんな浮ついたことを言いながら、お前は若くて細い身体を選ぶのだろう。
言葉にしない悪態はいくつも浮かび上がる。
麻生だけではない。
男という生き物は、その大抵が新しい物好きだ。
成長しきってしまった宮園が以前のように体を売ったとしても、きっと以前ほどは稼げない。
『用事はなんだ？ ないなら切るぞ』
早く眠りたくて、宮園はぶっきらぼうに告げる。
起きていると、満たされない性 欲が食欲にシフトするのだ。
強制終了するために眠る。
朝になれば激務が待っているから、しばらくは余計なことを考えずに済む。
｢＜用事ってほどじゃないんだけど……何してるかなぁって＞｣
『だから、寝てたんだ。夜明けと同時に第三大陸に発つからな』
砂漠地帯が九割を占める第三大陸には常に小さな戦火が燻っている。
民族間の紛争に至ってしまった地域もあれば、その寸前でどうにか踏み止まっている状態の国家群もあった。
そんな場所に入り込み、実態の把握を行うのが、宮園が所属する調査部の主な使命だ。
｢＜……しおりちゃんが行くの？ 管理職なのに？＞｣
『うちは万年、人手不足なんだ』
調査部の中でも特に際物揃いで扱う任務も多岐に渡る特務課の職員は、
そのほとんどが常に出払っていて連絡も取れない。
だから緊急に回ってくる仕事があれば、宮園だって現場に出向く。
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作者名：茄恋 | 作成日時：2017年12月21日 0時
