とある上司の物語 01-14 ページ15
「あれ、え？ 宮園さん？」
「どうした？」
剣呑な空気にたじろぐ職員に鋭く問う。
「えっと」とためらう様子を見せた彼女は、麻生をちらりと見た。
麻生は煙草のフィルターを口に挟んだまま、笑みを作る。
「セントラルから許可が下りたのかな？」
「あ、はい！ でも東雲課長のデータだけでは不十分なんで、
医療部と連携してもう少し臨床試験を行うように、とのことです！」
「僕的には充分だと思うけどねえ」
「一般に流通させるには不安が残りますから。
被験者の選定はどうします？」
「任せるよ」
麻生の言葉に女性職員は笑顔で頷いた。
渋い顔をしたままの宮園に会釈をし、逃げるようにして走り去る。
『……どういうことだ？』
「この選択肢が当然のものとして受け入れられる社会がやってくるって、さっきそう言ったじゃない」
まだ長い煙草の先を、麻生は揉み消す。
細く上っていた煙が虚空で掻き消えた。
ぼんやりと見つめている間に伸びた指先がネクタイを掴む。
唇が重なると、静まり返っていた感情が一気に騒ぎ出す。
触れ合った場所から火が点って、血が沸き立つのだ。
「今から医療部に行くよ。一緒においで」
『一緒にって、なんでだ』
「なんでって、まだわからないの？」
指先がコツコツと左手の薬指を叩く。
そこに嵌った銀色の指輪を見つめ、宮園はさらに深く皺を刻んだ。
『……離婚はしないぞ』
「実態のない結婚なら意味ないじゃないか。
まだ子供が欲しいっていうなら、いつでも子作りに協力してあげるから」
意味深に腰を撫でる手を、宮園は反射的に叩き落とす。
『調子に乗るなよ、それに、俺は別に子供に執着してるわけじゃない』
羨望はあったとしても、それは切って捨てられる程度の憧れだった。
結婚や家庭もそうだ。
『俺があの時に欲しかったのは、そういうんじゃなかった』
「だろうね」
『だろうねって、おまえ』
「また泣く？」
『泣かないっ』
押しのけようと手を動かすが、身軽な麻生にするりと躱されてしまう。
腰掛に手をついた宮園は違和感に気がついた。
つい今まであった指輪が指に嵌っていないのだ。
『なっ！』
慌てて振り返った先で、麻生が換気用の窓を開けていた。
『恭一郎っ！』
止める間もない。
振りかぶった手の先から銀色の指輪が離れ、弧を描いて地上二十階の空へと舞い上がる。
いつの間にか曇天は掻き消え、青空が広がっていた。
とある上司の物語 01-15→←とある上司の物語 01-13
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 85人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：茄恋 | 作成日時：2017年12月21日 0時
