とある上司の物語 01 Side Story 開幕 ページ2
奇跡が起きてただの一度だけでも過去に戻れるとするなら、やり直したい夜がある。
それは五年前の冬。
忘れもしない13月08日の十時過ぎのことだ。
「しおりちゃんさ、僕に言いたいことがあるんじゃないの？」
年中無休の監理局といえど、夜になればやはり人の気配は格段に減る。
静まり返った廊下の片隅、
それほど広くもない喫煙所の中には麻生恭一郎と宮園潮の二人きりだった。
「早く言ってくれなきゃ、吸い終わっちゃうよ」
笑みの形を作る麻生の唇に、彼の細い指先が触れる。
指の間にはすっかり短くなった煙草が挟まれていた。
深く吸い、浅く吐き出す。
麻生の呼吸に合わせて、先端の赤が深みを増す。
『あぁ、』
宮園は乾いた声を出す。
椅子とは呼べない腰掛に体重を預け、
吐き出された煙が消えていくのをぼんやりと見ていた。
言おうと思っていた言葉は確かにあった。
少し前から考えていた言葉だ。
ただそれを本当に言うべきなのか否かを、
この期に及んでまだ悩んでいる。
「何か大事なことなんじゃないの？」
見た目は童顔で若作りでも宮園より六つも年上な麻生は、何もかも見透かすしたような口調で言う。
そうして、宮園を見つめる印象的なアーモンド形の瞳が、先を促すように優しく緩む。
そんなささやかな表情の変化だけで、宮園の胸は落ち着かなくなる。
恋なんて淡くて甘い感情ではなく、愛と呼べるほど穏やかなものでもない。
けれど自分たちは、世の中で言うところの《恋人同士》という間柄だった。
付き合おうと言葉にしたことはただの一度もないのに、
気がつけばもう十年も同じ道を歩み、
部屋を行き来して食事をし、肌を重ねているのだ。
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作者名：茄恋 | 作成日時：2017年12月21日 0時
