Happy clover−Shintarou− ページ7
「いちこ」
「…」
「いちこー」
ソファーの背凭れに右半身を預けて、胸と太股の隙間を淡いグリーンのクッションで埋めた私の背後から、柔らかく、けれど意思の強さを窺わせる声で愛しい人が話しかけてくる。
「いちこちゃーん…」
しゅんと萎れたような声にピクリと肩が揺れて、けれど振り返ってやるものかと丹田にぐっと力を込めた。
私の方が押しきるようにして付き合い始めたけれど、蔑ろにされたのは初めての事で、ケンカらしいケンカもした事なんてなかった。
「約束１日勘違いしてて…」
「…ん…」
「ん！？」
慎ちゃんからの弱々しい抗弁に思わず洩れてしまった声に、ぐいっと身を乗り出して耳を傾けてきた。
私の言葉にきちんと耳を貸してくれる。
迷惑な私にまで優しい慎ちゃんに、子供みたいな事をした自覚しかない。
だから、そんなに真っ直ぐに見ないで欲しい。
「…ごめ…」
「謝んの俺じゃん？約束勘違いして２時間も待たせて…」
私とは違う“好き”を持ってるの、気づいてるよ。
女としての魅力なんて、感じていないのも知ってるの。
約束の日は、私にとって大切な記念日だった。
慎ちゃんが、私のわがままを叶えてくれた日だったから。
１年もの間、手を繋ぐ事しかなかった。
肌を大きい掌が滑る事も、
触れるだけの口吻も、
抱き寄せられる事さえなかった。
それでも好きだからみっともないくらいにしがみついて、縋り付いてでも傍に居たい。
この男は、自分の目についた人間に悲しい顔をさせたくないという、優しすぎる人だから。
「慎ちゃん…」
「ん？マジでごめんな…」
「…」
小さく「こっちこそごめんね」と。
そう、囁いた。
蚊が鳴くような震えた声。
くしゃりと、セットの欠片もない髪型を節だった指がすいていった。
「１番悪いの俺だから、いちこが謝んのもーなし！キゲンなおして？」
「…今は慎ちゃんに怒ってないもん…」
「じゃあなんでまだそっち向いてんだよ」
「…」
「いちこ？」
「ワガママな自分に怒ってるの…」
本当に度が過ぎてる自分にじわじわと視界が滲んでいく。
髪が絡むくらいに触れていた掌が離れていく。
当然だけれど、胸の奥がぎゅうっと狭くなった気がした。
「いちこ」
クッションに顔を埋めた私は温かい物で包まれる。
初めて感じる温度に益々涙が溢れた。
「いちこ、愛してる」
照れ笑う慎ちゃんに腕を伸ばしたら力強い腕が巻きついて、甘美な誓いが耳を撫でた。
「ずっと一緒に」
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作者名：Fin. | 作成日時：2019年7月15日 23時
