黒羊−Hokuto− ページ3
「おかえり」
「…ただいま」
キッチンから声だけかければバタバタと駆けてくる音がする。
私が訪ねてきた時のいつもの行動。
視界に私を捉えれば、普段から緩い目元がさらに柔和な弧を描く。
「おかえり。食事出来たけど、その前に…今日はちゃんと締めてきた？」
「…鍵かけてきます…」
くすくす忍び笑いを洩らす私を恨めしそうに睨み、玄関へととんぼ返り。
年下という欲目を抜いても可愛らしい恋人に、知れず目尻は下がっていた。
「今日は？」
「ムニエルとカルパッチョ、トマト煮とスープ」
「美味しそう」
「もう出来るから部屋着に着替えてきたら？」
「いつもありがとう」
自室へと消える北斗を見送って食卓の準備を進めていれば、アイドルの殻を脱いだ北斗が戻ってきた。
黒淵の眼鏡とゆるりとしたサルエルにＴシャツ。
着飾らない、素のままの姿を惜しまず見せてくれるのは気を許しているから。
そう思うと、胸の奥の方から擽ったさが沸き上がってくる。
これを幸せだと教えてくれたのは北斗だった。
「これ持ってく」
「ありがとう」
笑顔を交わして、いただきます。
私の食事に舌鼓を打つ北斗は、いつも「美味しい」と感想を述べてくれて、作るこちらのモチベーションまで上げてくれる。
ごちそうさまの後片付けまで進んでやってくれて、幸せの形がここにある。
「お風呂沸いたよ」
「ありがとう。一緒に入る？」
「いいよ」
「じゃあ、行こう」
其々が準備した着替えが並び、身から外した衣服は１つの洗濯機の中で混ざった。
二人で入るには少し狭く感じる浴室で、じゃれ合うように身を清めたら２種類の熱に包まれた。
背中を覆うその熱に体を預けて、ゆっくりと微睡みの方へ。
「…ふぅ…」
「ふふ、疲れ取れそう？」
「ん、スゴく取れそう…」
いつもより蕩けた声が浴室ではなおのこと響く。
「お疲れ様」
「…うん」
「こら」
「だめ？」
「逆上せるのは北斗でしょう？」
濡れた髪から水滴を落として甘えるように覗き込んだ顔に、自然と溢れて表情さえ操作されてしまう甘さが、愛しさだと教えてくれたのも北斗だった。
「そんな拗ねないの」
尖らせた唇は先刻私の項に吸いついたものと同じ。
そこに身を捩ってそっと触れてあげた。
「あがる」
私の手を引く可愛い北斗は、いつも柔らかな笑顔を纏っている。
それは謂わば羊。
目の前でギラついた北斗はもうそれではない。
羊は私の為だけに狼になる。
ならば、私は北斗だけの羊でいよう。
スクランブルハート−Taiga−→←褐色クローバー−Jesse−
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作者名：Fin. | 作成日時：2019年7月15日 23時
