となり (ページ5)

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そろそろ頼って欲しいと思う。
薮は会社でのあれこれを溜め込みがちで、
俺には弱みは見せてはくれない。
俺だって一応それなりに働いてるし、個人のお得意さんも付き始めた。
一人前の…ひとりの男として生きてるつもりなんだけど、薮の中の俺はまだ高校生の頃のまま。

エンジンをかけて、助手席の薮を見ればもう半分くらい瞼が落ちているから余計にムッとしてしまう。

「けいちゃん、」

「なに、っていうかその呼び方…変」

「怒ってんの？」

「…怒ってない」

「ふぅん、そうですか」

街明かりを頬へ交わしながら、薮は背を滑らせて腰を落とすように身体をシートに傾ける。
目を閉じて少し満足そうに微笑むのが見えて、
やっぱり落ち着かない。

「…愚痴、言わないの？」

「んー…なんか言うのも馬鹿らしくなった」

「なにそれ」

「伊野尾の声の方が何倍も価値あるから」

なにそれ、ってまた口にしたつもりだったのに、
赤信号に捕まったせいでじりりと頬が熱くなっただけ。

「伊野尾」

「…っん」

酔った唇は熱くて適わないから苦手。
最近入った仕事のせいで、殆どすれ違いが続いていた。寝ている額にバレないようキスをして家を出ているだけだから。
だから余計に。

「早く帰ろうぜ」

「……」

「ごめんごめん」

余計熱くなってしまう。
家まであと少し。
もし、この酔いが移ったかのような唇の熱を持って帰れたら…

「やぶ」

「んー？」

「…明日も早いんだけど、」

「うん」

「できたら、今日はふたりでゆっくりしたい…んだけど」

そろりと横目で見たら、こくりこくりと船を漕ぐ恋人の横顔が見えた。
…相変わらずマイペースなんだから。

勿論、薮だって疲れてる。
時間内に終わる日もあれば、少し残業して帰る日もある。
こうやって、付き合いで飲み会に行かなきゃ行けない日だって少なくないし。

「……」

でも今日はちょっと。
いつもよりずっと寂しかったりして。
なんならちょっと、悔しかったりして。

「…寝てるのが悪いんだからね」

もう酷い嫉妬をする事も無くなったし、
勝手にひとりで泣くこともかなり減った…と思う。
それなりに大人になったから、我慢もできるし。
でもたまには、ね？
どうにも気持ちが追いつかない時もあるから。

薮にも、そういう気持ちがあったらいいなって期待もあるから。

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