となり (ページ15)

今日:22 hit、昨日:7 hit、合計:76,601 hit

. ページ15

.

「美味かったな、色々」

「うん、お酒もご飯も」

俺がへにゃりと表情を崩すと、薮はちょっとだけ眉間に皺を作った。
心配と複雑が混じった顔。
多分、帰りがけに俺の耳元で高木が囁いた内容が気になっているのかもしれない。
可愛い、なんて言ったら余計眉間に皺寄せちゃうかな。

「……あのさ、伊野尾」

「喧嘩したらいつでもおいで、だって」

「え？」

「朝方までこの店開いてるから、って」

アルコールがやんわりと効いているせいか、
ほこほこと身体が熱い。
そのせいでまた勝手に口元が緩んでしまう。
薮はふぅん、と言ったきりちょっと面白くなさそうに唇を尖らせた。

冬の夜道は暗い。
あと少しで部屋に着くのに、
ゆるゆると足元を動かすだけで
あんまり前に進まない。
明日もちゃんとお休みなのに、今日が過ぎていってしまうのが勿体なくてしょうがない。

「……やっぱ、駄目だな」

「ふぇ？」

「いや、こっちの話」

コツンと額に額をぶつけてきて、力なく笑う。
微妙な表情の変化にそわそわと胸が浮いて、
やっぱり早く家に帰りたくなった。
外じゃ口にしてくれないちょっとだけ繊細で甘い心の機微。
俺はそのままきゅうと手を引いて薮を連れていく。
まだ薮が隣にいてくれる事が奇跡みたいだって
身体が弾んでむず痒くて…
両想いな筈なのに不安で仕方ないこと。

「伊野尾」

「あのね、やぶ…っ」

俺の声でキュッと止まった足音。
振り返ったらお気に入りのブーツが見えて
喉元が萎んで唇が動きを止めた。

リュックに詰め込まれたチョコのこととか。
今年は残るものにした悪あがきとか。

「隙あり」

キスされたら、掬いきれない程の心音が全身に降ってくることとか。

「も、もう…」

「で、続きは？」

「……ベッドで言う」

「え」

「だから…早く帰ろ？」

全部全部、そこでなら素直に言える気がするから。
カーテンを閉めて誰にも見つからないようにして、
そしたら薮にだけ。
こっそり教えてあげたい。

「…分かった」

『俺、恋人できたよ。伊野尾くんくらい可愛い子』
『あ、薮くんには内緒にしといたらいいよ。ちょっと勘違いさせた方が…いい夜になるんじゃない？』

「…っわ、やぶ」

「もう1回だけ」

…トイレに立った時の会話は勿論秘密だけど、

「っん」

「風呂沸かさないとな」

たまには、いいよね？

end.