となり (ページ13)

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「着いた」

「え…ここ？」

地下の階段、オレンジ色の照明がポツポツとお店までを照らしてぽっかり口を開けている。
洒落てるどころの話じゃない。
ナイフとフォークを使うようなお店、
薮と行ったことがないから思わず目を丸くしてしまう。

「実はここ、バーなんだけど…一応飯もあるらしいから」

「えっ、そうなの」

「うん」

心做しか、ぎゅうと薮の手に力が入る。
お店の名前をちゃんと解読する前にタンタンと足音を響かせながらあっという間に扉の前。
黒く塗られた木の扉に『OPEN』の札が揺れて、
それ以上の会話を続けなかった意味が

「いらっしゃいませ」

目の前の光景で全部、分かってしまった。

「カウンターどうぞ」

「ああ、ありがとう」

お店の制服なのかびぴしりとした黒のベストに、
深い赤色の蝶ネクタイは柄付き。
あの時より明るく染った髪色に反し、短く切りそろえられた髪もよく似合っていて…

「あはは、思ったより反応薄いな」

「えっ、あ…ごめん」

「いや、別に謝らなくても。
…変わってなくて嬉しいよ」

切れ長の瞳、通る鼻筋、変わらない肌の色。
それから深くて…低い声。
手際よく俺と薮のコートを預かるのは、
間違いなく高木だった。

目が合った途端に、あの光が見えなくて驚いた。
高木のそれはとても…穏やかで。
何を言われるだろうと身構えた自分が馬鹿みたいで
恥ずかしくなるくらいで。

「ふたりとも何飲む？ 1杯目は奢るよ」

「だって、どうする？」

「えっと…」

色々聞きたいのに。
いたずらっ子みたいな顔で笑う薮に睨みつけて
横文字ばっかりのカクテルメニューに、思わず目が白黒する。
弱いせいで全くわからない。
そんな顔をしていたせいか、

「伊野尾くんって弱い？」

「えっ、うん…」

「じゃあね…これとこれと…この辺のはそんなにアルコール強くないからおすすめ」

「あ…ありがと」

「いいえ」

高木からさらりと揺れた髪から、本当にさり気なく香った香水。
…あの時と、同じにおい。
思わず顔を上げたら薮の横顔が掠めて、
また頬が熱い。

「じゃあ俺は…高木のおすすめで」

「えー？まあいいけど」

「あと軽くピラフとかもよろしく」

「おっけ。伊野尾くんは？」

「じゃあ…このオレンジので」

「かしこまいりました」

まだ開店したばかりなのか、お客さんはそこまで多くない。
小さな音量でかかる音楽もお洒落で、
照明も暗すぎないせいか女の人も何人かグループで来ているらしかった。

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