日々 (ページ9)

今日:21 hit、昨日:12 hit、合計:22,907 hit

カフェラテ(kt×in) ページ9

.

本日5度目のインスタントコーヒー。
胃の中まで真っ黒になるよ、と咎める声もないこの場所は少なくとも今はとても心地いい。
何せ連なる英文のレポートが、ようやく完結に至りそうだからだ。

「……ふぅ」

英語が得意な恋人が聞いたら鼻歌を歌うだろうか。
忙しないのは俺を超えるほどだろうに、
彼はいつも俺の仕事が落ち着くのを待ってから会いに来る。

『俺が英語もっと得意になったら…いのちゃん、
さっきの答えイエスに変えてくれる？』

小洒落た口説き文句に何故か面白くなって、
自然と頷いたのはもう…半年も前のこと。
彼はみるみるうちに成績を伸ばすと、留学生の友人をいくつも掛け持ち、俺の知らない言語まで話せるようになっていた。
正直そこまで本気だとは思っていなかった俺は、
それはもう驚いて戸惑って…追い込まれて。
結局＂イエス＂に変える事しかできなくなっていた。

「いのちゃん、お邪魔します」

「ノックは？」

「あっ、ごめんなさい。
どうしても一番に聞いて欲しくて」

朗らかな笑みを浮かべた圭人は、洒落た紙コップをふたつ持って現れる。
片手に持ったブラックコーヒーを睨んで取り上げると、無理やりカフェラテに変えてしまう。

「いい話？」

「そう。俺ね、留学先の学校に特待生で入れてもらえることになったんだ。奨学金も留学中チャラ、
いのちゃんに手伝ってもらったおかげ」

「そう…良かったじゃん」

「でしょ？」

俺を振り向かせるための英語、言語能力は、いつの間にか圭人にとっての自信になった。
取って代わる者が居ないくらいに達者になった時、
『いのちゃん、俺ね。留学しようと思って』
将来を見据えた選択をひとつ、ふたつ。
すっかり増やしてリュックに詰めていて。
『いのちゃんに頼ってもらえるように、ちゃんとした大人になりたいんだ』
いつの間にかその背中まで大きくなっていた。

「これで…少しはいのちゃんに追いつけるかも」

「…そうかな」

「え？」

「圭人は充分ひとりで立ててるよ、俺よりもずっと真っ直ぐ」

「いのちゃん…？」

「追いつけるとか、そういうのもう別に要らないでしょってこと。圭人は自分の目標に向かって走れるんだからもう……」

「待って、なんでそんなこと言うの？」

圭人が思うよりずっと、俺は優秀じゃないし
大人でもない。
優しくもなければ、可愛くもない。

.