カーネーション。 ページ44
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この日、仕事を午前中で終えた私は、自宅の空き部屋に運び込まれたピアノを、作業の邪魔にならないように遠目からじーっと見ていた。
詳しくは知らないけれど、私の愛車より高いというこのピアノ。
「この辺で大丈夫ですか？」
「あ、はい！」
譜面を見るときに逆光にならないように配置されたピアノは、もうすっかり部屋の主のような貫禄がある。
「こちらにサインだけお願いします」
ボールペンで名前を書き「ご苦労様でした」と作業員さんを見送ったあと、私はピアノの鍵盤に人差し指で触れた。
ポーン……と音が響いて、私はキュッと口角を上げる。
「何か分かんないけど凄い……」
ピアノの持ち主の隆二さんは仕事に行っていて、帰りに実家に寄って母の日のプレゼントを渡してくると言っていた。
泊まってきたら？と言ったけど、今更恥ずかしいよねーという返答。
実家というものがない私には“今更”とか“恥ずかしい”の意味がよく分からないけれど……。
「さて……」
庭に出て洗濯物を取り込み、窓を全開にしたままデッキの上で服を畳む。
5月の日射しは柔らかく、欠伸を誘う陽気。
隆二さんの大きなTシャツを畳み終えたとき────
視界の端っこに人影が見えて、私は反射的に立ち上がった。
誰！？と身構えた私は、庭に入ってきたその人物に胸を撫で下ろす。
「岩ちゃん……心臓止まるかと思いました」
岩ちゃんは“え？”みたいな顔をして頭をかいてる。
「庭に入るドアが開いてたからさぁ」
「本当ですか！？あの……でも、ピンポーンって来て欲しかったな」
「あ、じゃあ……ピンポーン」
「く、口で……！」
不思議な岩ちゃんにはデッキに座ってもらい、私は冷たい緑茶をトレイに乗せ彼の隣に腰を下ろした。
「どうぞ」
「ありがとう」
緑茶を一口飲んだ岩ちゃんは、畳まれた洗濯物を見たあとあくびをひとつ。
「仕事と仕事の間がちょっと空いちゃって。事務所に居るのもカフェに行くのもなぁと思ってて。Aちゃん居たら話し相手になってもらおうかと思って来た」
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作者名：ぽち。
| 作成日時：2019年3月8日 21時
