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そこには、初めて触れるに近い、母の文字。
私の字にそっくりな、母の文字が並んでいた。
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“Aへ。
小学校入学おめでとう。
ランドセル似合ってますか?
どんなお姉さんになってますか?
小さく産まれたあなたは、同じ時期に産まれた赤ちゃんの中で一番小さいけど、でも泣き声は誰よりも大きくて。
この小さな体のどこにそんな力があるのかな?とお父さんとよく笑ってます。
哺乳力が弱くて、飲んでる最中に疲れて寝てしまうAのほっぺたをつつくと、思い出したように口を動かす。その仕草がとても可愛いです。
この手紙を書いている間に、あなたが初めて笑いました。
可笑しくて笑ってるわけじゃないって分かってるけど、嬉しくてついついまた笑わないかな?と時間を忘れて眺めてしまいます。
あなたの笑顔ひとつで、みんなが笑顔になります。
あなたの柔らかい髪を撫でたり
頬を撫でたり
腕に抱くとき
お父さんとお母さんはとても幸せな気持ちになります。
小学生になったら、もう抱っこも重くなってるかな?
その成長がとても楽しみです。
産まれてきてくれてありがとう。
あなたは、お父さんとお母さんに幸せを運んできてくれました。
あなたがこれから歩く道が、希望の光に満ち溢れていますように。
それが、お父さんとお母さんの願いです。”
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色紙に涙が落ちてしまいそうで、私は慌てて顔を上げた。
そして、ゆっくりと、唇を開いた。
「ここに……家が4軒ありました」
家のそばにブランコと滑り台と鉄棒だけの小さい公園があって、私もあんな風に遊んでもらった。
「あの朝、満月だったんです」
「え?」
「誰に聞いても覚えてないって言うんだけど、あの朝、確かに白い満月がまだ見えてました────」
1度語り始めれば、あとは止めどなかった。
「すぐに火事になって、逃げなさいって言われて。夕方1人で家に戻ったら、もう何にもなくなってました。白い煙だけが上がってて、父と母はその煙になったんだってやっと理解しました」
人が死ぬって、こういうことなんだなって思った。
残された私に思い出だけを残して、動かない砂時計になる。
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作者名:ぽち。 | 作成日時:2019年2月5日 20時