闇に触れて。 ページ42
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2月20日の午後──私は生まれた街の駅に降り立った。
駅前広場のモニュメントを物珍しそうに見ている隆二さんと、それを見つめる私。
ここに来ようと決めた翌日、私は手紙を送ってくれた病院に電話をした。
私を取り上げてくれた先生は、今は病院を息子さんに譲り四国の方でゆっくり過ごされているらしい。
そちらの電話番号を教えてもらい掛け直すと、先生は電話口で何度も“あぁ”と懐かしそうな声を聞かせてくれた。
両親が結婚して3年、待ち望んだ妊娠だったことや、予定より随分早く生まれたこと。
先生が覚えている限りの父と母の話を聞かせてもらい、私は正直にまだ手紙を読めてないことを伝えた。
先生は暫く黙ったあと、私にこう言った。
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“あなたは、望まれて望まれて産まれてきました。そのことを絶対に忘れないでください”
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「望まれて……」
モニュメントから私へと視線を移した隆二さんが、すっと右手を差し出した。
「じゃあ……行こっか。大丈夫?」
「はい」
途中、花屋さんに寄ってライラックの花束を買った。
公園の目立たない所になら、お花を置いても邪魔にはならないだろう。
駅から家があった場所へと繋がる道。
20年以上避けてきた道。
公園に近づく度に、底のない穴に落ちていくような暗くて怖い気持ちになってくる。
「手紙、まだ読んでないんだっけ?」
「え?あの……はい」
先生と話せて良かったと思っている。
だから、その良い思い出だけを閉じ込めておきたい。
あの場所に行くのは────
「隆二さん……」
“やっぱり、行くのやめよ”
喉元まで出かかった言葉をグッと飲み込む。
「なに?どした?」
「そこの角を曲がると、私の家があった場所です」
「うん」
ライラックの花束を持つ手が冷えてきた頃、
目の前に大きな公園が現れた。
胸が苦しい。
隆二さんに引っ張られるように公園が見渡せる場所に立つ。
風は冷えて、コートのすそが踊った。
木々が、砂利が、微かな風までが、私のことを此処でずっと待ち構えていたような気がする。
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作者名:ぽち。 | 作成日時:2019年2月5日 20時