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「それ、嫌味?」
私たちの別れの原因を辿れば“多忙”という言葉に行き着く。
私は「そうだよー」と返し、嵐士は笑い声を上げた。
こういうところが、あの頃好きだった。
良い車に乗って、バリバリ稼いで、仕事も完璧にこなすのに、少しも気取ってないところ。
自分の頭脳とその手腕で成功した彼は、傲りがなくて偉ぶらなくて私のお手本みたいな人だ。
嵐士と出会ったのは意外にも建設現場。
しょっちゅう現場にやってきては細かくチェックして回る嵐士を、私は施工会社の若い監督さんだと思っていた。
話をするようになって、食事をするようになって、付き合うようになって………
嵐士がそのビルの事業主だと知ったのは、2回目の夜のベッドの中。
肩書きに怯むより、好きな気持ちが勝っていた。
嵐士は色んなことを教えてくれた。
仕事に向き合う姿勢、身の丈にあった上質な物を身に付けること、
そして、ドンペリのロゼをピンドンと言うのは下品なこと────
「純奈ちゃんは?元気」
「元気だよ。嵐士のこと、まだ“パラジウム”って呼んでる」
「純奈ちゃん、俺の本名知らないでしょ?」
私は大きな声で笑い、純奈の“右の人”という言葉を思い出す。
「Aは痩せたな、ちょっと」
「うん……ちょっとね、色々」
「色々?それは聞いた方が良い?聞かない方が良い?」
「あ……えっと」
私が迷っている間、嵐士はタバコに火をつけ窓を少し開けた。
「何だ、不倫でもしてんのか」
「す、するわけないでしょ!」
「じゃあ何?」
窓の外へと、煙が流れていく。
「目が腫れてる。誰かに泣かされた?」
あの頃と変わらない彼の目が、私の瞳の奥を覗いていた。
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作者名:ぽち。 | 作成日時:2018年9月16日 14時