雪椿の頃。10 (ページ26)

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いつも食べている料理を数品と、ビールを２つ。

それらが運ばれてきて、俺はグラスの中身を半分飲んだ。

ひなたは1口2口と飲み、不安気な目で掬うように俺を見ている。

「この店、Aに振られた店」

「え？」

「そこ、その店の前の通りで振られた」

窓の外を指差すと、まるでそこに映像が映されているみたいに、ひなたはじっと窓ガラスを見た。

「好きだったよ、Aのこと。本当に」

「はい……」

「この店も、この間行った店も、その前も……ひなたの言う通りAと行ったことある店」

「やっぱり……」

「でも、Aのこと引きずってるから連れて行った訳じゃない。良い店だから連れて行った」

例えそれが男友達でも、後輩でも他のスタッフでも、俺はその店たちを選ぶ。

「Aのこと、いい女だと思ってたし今でもそう思ってる。けど、今はいい女の前に“いい奴”がつく」

「いい奴……」

「そう、いい奴。病気が見つかって明日の見通しが立たないときでもあいつは周りの人の幸せを考えてた。さっきだって、一人であの荷物持って帰れるわけもないのに俺とひなたの約束のことを気にした」

Aはいつも、自分のことは後回し。

だからつい、手を貸したくなる。

「隆二に片想いしてるときもライバルの子の悪口一言も言わなかったし……ひなたじゃないけど、憧れるよ俺も」

あんな風に生きられたらと。

周りが絶望を感じているときでも、彼女だけは色鮮やかに凛とそこに立っている。

不安に押し潰されそうなときでも、彼女は必ずそれをはね除ける。

そういう強さと美しさに、憧れる。

「だから……嫌な思いさせたのは謝るけど、Aのことは引きずってない。Aは、いい奴でいい女で、隆二の彼女。それだけ。俺の仲間に対する優しさを全部“愛情”って捉えられるのは心外」