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私はあの日、隆二さんが何を飲んでいたか思い出せない。
緊張してたせいもあるけど……けど……隆二さんは覚えていてくれた。
自惚れそうになる気持ちを立て直し、私はペットボトルのキャップを開ける。
「変なの。両手にリンゴジュース持ってる」
ぷっ、と笑った隆二さんを横目に私はペットボトルに口をつけた。
「お、美味しー。これ飲んでも、もう1本あるから嬉しー」
「良かったねー?」
バカにしたみたいな言い方だったのに、私の頬は緩む。
「☆さん明日仕事?」
「はい、仕事です」
「そっか……今日行けなかった店、行こうね絶対」
「はい……絶対」
のんびり歩いてるけど、本当は今すぐ走り出したいくらいに嬉しかった。
好きな人が言う“絶対”って、こんなに胸に響くものだったかな。
「………あの、隆二さん」
「ん?」
「電車の中でありがとうございました。隆二さんに掴まってたから、全然……平気でした」
「うん……」
「じゃあ……ここで」
気が付けば、マンションの前。
「今日は……色々ありましたけど、楽しかったです」
「色々ね」
隆二さんは笑いながら水のボトルを少し上げて見せた。
「じゃあね。また明日」
「はい。また明日」
いつかみたいに、私たちは背中を向けて歩き出す───。
「ねぇ!」
ふいに隆二さんに呼び止められ、私は勢いよく振り向いた。
「☆さんって、下の名前なんていうの?」
「Aです……今まで知らなかったんですか?」
思わず吹き出した私を見て、隆二さんは照れくさそうに自分の頬を撫でた。
「隆二さん、私のこと何にも知らないんじゃないですか」
「そうでも……ないけど」
「……え?」
「何でもない。おやすみ」
笑顔で手を振って、隆二さんは来た道を戻っていく。
────冬のアスファルトに伸びる、好きな人の影。
その影が消えるまで見つめていたことを、
月だけが知っている。
忘れたくない、今夜のこと。
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作者名:ぽち。 | 作成日時:2018年1月21日 17時