雪椿の頃。 (ページ3)

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「私は大丈夫です！今このバーテン役が最高にしんどいだけです」

臣さんは肩を揺らして笑って、カクテルグラスに注いだスティンガーに口をつけた。

「あ、ミント系じゃん」

「嫌いですか」

「ううん」

素人が作ったカクテルは、その味が正解かどうかも分からない。

臣さんには是非、ちゃんとしたバーで正解の味を楽しんで頂きたい。

「ねぇ、それ見せて。その本」

「これですか？」

カクテル百科を手渡すと、臣さんはパラパラとページをめくり始めた。

「難しいの頼まないで下さいね」

「うん」

少し背中を丸めて本を見ている臣さんの肩越しに、同期の四季が歩いてくるのが見えた。

“四季”

なんて素敵な名前だろう。

彼女の名前を口にする度に、私は心が明るくなる。

「手伝うよ」

四季がそう言ってカウンターの中に入ってきた途端、臣さんは本を閉じスツールから立ち上がった。

カクテルグラスの中身を一気に飲み干し「ごちそうさま」と軽く唇を拭ってフロアに戻っていく。

そんな彼の後ろ姿を見つめたあと、私は四季に視線を移した。

「A、私グラス洗えば良い？」

バンビみたいな黒目がちの瞳を私に向け、四季は腕捲りをした。

「四季、良いよ？私やるから」

「ダメダメ。Aだけ大変なの嫌だもん。片付けはみんなでやるからさ」

鮮やかなライトブルーのレザーブレスレットを外した四季は、それをポケットにねじ込み蛇口を捻る。

「Aもきっぱり断れば良かったのにぃ。出来ない、無理って」

「うーん……でも私、嫌いじゃないんだよね、こういう作業。好きなお酒チビチビやりながらここでみんなのこと見てるの楽しいよ、結構」

「そう？じゃあ私もここでチビチビやろうかな」

キュッと口角を上げた四季の横顔はお世辞抜きに可愛いと思う。

こんなに可愛い四季だけど彼氏は居ない。