イカロスの鍵。 (ページ30)

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結局、仮眠なんてとれるわけもなくて私は欠伸を噛み殺しながら事務所を出た。

口の中がまだ甘い。

隆二さんは、一体何を考えてるんだろ。

それとも別に何も考えてないから、あんなことが出来るのか。

そのうち諦めるなんて、天文学的数値で無理な気がする。

利用して下さいなんて言わない

一緒に帰ろうとしたりしない

言った手前………

「お疲れ」

こんな風に彼が私の横を通りすぎても追いかけることが出来ない。

私がここで「隆二さん！」と声をかけたら、私は嘘つきになる。

忍耐力のない街路樹の葉が私の目の前を通って、側溝の中にひらひら落ちた。

私の前を歩く彼の後ろ姿。

駆け寄って腰に腕を回してギュッとしたい。

「ガム持ってる？」

いきなり振り返って話し掛けられて、私は立ち止まってしまった。

「………持ってんのかって聞いてんだよ」

「え、あ………持ってます」

カバンに手を入れてボトルを出したら、残りわずかなのか随分軽かった。

「もう、多分そんなに入ってないんで………このまま持って行って下さい」

つき出したボトルは受け取らないで、彼は私の手首を掴んだ。

「人と話すときは目ぇ見ろよ」

よく言いますね。あんなことされたあとで見れませんよ。

一瞬だけ彼を見上げて、すぐに下を向いた。

「何その態度」

「れっ、恋愛する気ないくせにあんなことばっかりして、隆二さんこそ何なんですか、あの態度」

「俺？だから、あんなことばっかりする男なんだって。何回も言わせんなよ」

「私の反応見て面白がってませんか？………他の人にもしてるんでしょ……」

「他の人にはしないよ」

「嘘ついてる………」

「ついてないよ」

手首を掴んだまま、じりじりと近付いてくる彼に私もじりじりと後ずさりする。