肆 ページ6
その風貌から、この人が里の刀鍛冶であることは間違いないだろう。
彼は表情の読み取れないお面をこちらに向けるようにして、ずいっと一歩前に近付く。それからおもむろに自身の懐を探ると、どういうわけか私のよく見知った籠目模様の手ぬぐいを取り出したのだ。
「……お前のだろう。早く受け取れ」
急かすような言葉と共に、手ぬぐいを握った拳がこちらに向けて差し出される。
ぶっきらぼうな物言いこそ気になったが、確かにこの人の言う通り、無骨な手に握られている籠目模様の手ぬぐいは間違いなく私のものだった。
湯浴みをするため桶に入れて持ってきたはずだったのだが、何かの拍子に落としたらしい。きっと色々と考え過ぎていたせいで、落としたことにも気がつかなかったのだろう。我ながらうっかりしている。
『どなたかは存じませんが、届けてくださりありがとうございます。今から湯浴みに向かうところだったので助かりました』
「……そうか」
私が差し出された手ぬぐいを受け取りながら簡潔にお礼の述べると、彼は先程までこちらに向けていた顔を背けながらボソッとした低い声で呟いた。
人と話すことに慣れていないのか、はたまた照れているのだろうか。
私は不思議な人だなと思いながらも、まるで子供のようなその素振りがなんだか面白くて、ついクスッと鼻で笑ってしまった。
「……おい、今笑ったな?」
すると、先程まで黙りこくっていたその人は再びそのお面を私の顔へと近付けながら、唸るように言ってきた。
『ああ……ごめんなさい。可愛らしくて、つい』
「お前、馬鹿にしているだろッ……!」
『ち、違いますっ!他意はありません!』
もちろん、馬鹿にして笑ったわけではない。しかし、何も考えずに声を出してしまったのはさすがに無神経だった。
まさか、この人がここまで繊細な人だとは思わなかったのだ。
……とは言え、繊細も行き過ぎるとただの迷惑である。
私は腹を立てる彼をなだめながら、絡むんじゃなかったと心の中で小さな後悔をした。
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雨と雫(プロフ) - あゝもう文才が神ですね!?更新頑張ってください!個人的に夢主ちゃん可愛いな (7月1日 19時) (レス) @page6 id: 312a1378ed (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:瀛 | 作成日時:2023年7月1日 16時