弐拾肆 ページ26
「あら、美味しそうな匂い」
鋼鐵塚さんが屋敷に来てから数日が経ったある日のこと。
私は蝶屋敷の台所を借りて、しのぶちゃんの好物である生姜の佃煮を作っていた。ご近所のお婆さんに新生姜をおすそ分けしてもらったのだが、もちろん1人では食べきれず。
佃煮をすればしのぶちゃんも食べてくれると思い、わざわざ蝶屋敷まで足を運ぶことにしたのだ。
『適当に味を付けたから、後で味見をしてくれる?』
「もちろんです。楽しみにしていますね」
しのぶちゃんは元々少食な方だが、昔からこれだけは食い付きが良かったらしい。それを知ってからは、時々だがこうして作ってあげることがある。
彼女の姉である胡蝶カナエが殉職してからは以前よりも蝶屋敷へ足を運ぶ回数が増えたので、特に億劫ではなかった。
「そういえば、この間うちに鋼鐵塚さんがいらっしゃって、Aさんのお屋敷の場所を尋ねられてきたのですが……何かあったんですか?」
煮立った生姜を菜箸で掻き回していると、不意にしのぶちゃんがそんなことを尋ねてきた。
鋼鐵塚さんが私の屋敷を知っていたのは、こういう事だったのか。てっきり鉄珍様か、里の誰かにでも聞いたのかと思っていたが、どうやら彼は行動することが先の人間らしい。
『実はあの日、彼にお団子をご馳走になったのよ』
「……それ、本当ですか?」
『ええ、私も驚いたわ』
とはいえ、久しぶりに有意義な時間だったように思う。みたらし団子も美味しかったし。
まあ、どうでもいい過去のことまで思い出してしまったのは誤算だったけれど。
「Aさん、もしかして気に入られたんじゃありません?」
『いや……なんと言うか、子供扱いされているだけのような気がする』
元々私の周りにはそういう人が多かったからなのか、なんとなく分かるのだ。遠慮されているというか、気を遣われているというか。鋼鐵塚さんからは、何かそういう雰囲気を感じる。
まあ、人として気に入っていただけているなら嬉しいに越したことはないが。
『ん、美味しい。ちゃんと甘辛くできた』
「あ、ずるいですよAさん。私にもください」
『ふふ、はいはい。口を開けてごらんなさい』
少量の佃煮をしのぶちゃんの口の中に運ぶと、彼女の顔にたちまち笑顔が咲いた。
甘辛い味と生姜の鼻に抜ける香りは、本来の彼女の姿を一瞬だけ見せてくれるのだ。
296人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
雨と雫(プロフ) - あゝもう文才が神ですね!?更新頑張ってください!個人的に夢主ちゃん可愛いな (7月1日 19時) (レス) @page6 id: 312a1378ed (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:瀛 | 作成日時:2023年7月1日 16時