玖 ページ11
『こんばんは。先程はどうもありがとうございました』
「……お、おう」
相も変わらず、顔は逸らしたまま。私の簡単な挨拶にボソッと聞こえてきた呟きは、まるで
そういえば、前々から鉄珍様の話に蛍という人の名前が出てきていたような気がする。私自身あまり他人に関心がないため、その時はさほど気にしていなかったのだが、今思えばその蛍という人が彼だったのだろう。
「この子はワシの養子みたいなもんで、小さい時から手のかかる子やった。今年で三十七にもなるのに、未だに嫁の来手も来なくてなあ」
鉄珍様はため息混じりにぼやいてみせると、改まって私に向き直るようにして小さな体を折り曲げる。
「ワシも随分と歳をとった。だからこそ、Aさんのようなしっかりとした方がこの子についていてくだされば、何の未練もなくなるんです」
『おやめください鉄珍様……そんな改まって頭を下げずとも、お気持ちは察しております』
とは言え、この話はすぐにどうこう決められるようなものじゃない。
私はまだ二十一の小娘だ。お相手が三十七ともなれば、
確かに私くらいの年の娘は嫁ぎ先に慌て始める頃合かもしれないが、ただでさえ私は傷物。身体のあちこちに痣や切り傷などが残っている手前、どうしても劣等感というものが生まれる。
……それに、昔の人の面影を綺麗さっぱり忘れるためには、もう少しばかり時が必要だった。
『鉄珍様の頼みだからこそ、このお話は一度持ち帰ってじっくりと考える必要があると思います……ですから頭をお上げになって、また次の機会にお話いたしましょう』
大切なものを守るために、生き急いでしまう気持ちはよく分かる。日に日に湧いて出る漠然とした焦りは、心の落ち着きをこれでもかと逆撫で、やがて不安に変えてしまう。
その気持ちが手に取るように分かるからこそ、心のよすがになりたいと思うのは、きっと至極真っ当な答えなのだ。
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雨と雫(プロフ) - あゝもう文才が神ですね!?更新頑張ってください!個人的に夢主ちゃん可愛いな (7月1日 19時) (レス) @page6 id: 312a1378ed (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:瀛 | 作成日時:2023年7月1日 16時