169 だってもう日が沈む ページ29
さすがイルミさん、この絶景を前にしても鉄のごとき無表情のままだ。はしゃぎ回るわたしの後を、ゆっくり付いてきた。はしゃぎ回ってるとちいさな貝殻を見つける。アクセサリーみたいなかわいい形の。
「イルミさん、見て!」
「見てるよ」
あまりにきれいで現実のものだとは思えない。風の音も潮のにおいも本物だけど、誰かに夢だよって言われたら信じられそうなほど、まばゆい世界だった。ふいに影が降ってくる。顔をあげる。
あ、触れる。そう、ひとごとのように思う。あのイルミさんもキスするときは目を閉じるのは、なんだか意外だった。
触れるだけのキスだから、すぐにくちびるは離れた。たった一瞬のできごとだったし、夕陽と海のマジックで見せられた幻覚かと思う。だけどあのキスは紛れもない事実だった。だって彼のくちびるの端によれて付いた真っ赤なリップがそれを証明をしていた。わたしたちは砂浜の真ん中でしばらく見つめあった。
潮風がふいて、帰ろう、とイルミさんは誰に言うわけでもなく呟いた。わたしを置いてホテルに行こうとするのを呼び止める。濡れ羽色の髪も燃えていた。母親譲りの、闇のように深い色が、てらてらと赤に光っている。ふりむいた顔にそうっと手を伸ばす。
「付いてますよ」
絵の具みたいな赤を親指でぬぐってやる。彼は無感情にわたしを見ていた。この黒いひとみがわたしに恋愛感情を抱いているなんて思えない。だけど理由もなく他人とくちびるを合わせるようなひとじゃない。
「……なんで、わたしにキスしたんですか?」
わたしの声は、どこか宙ぶらりんで幼いものだった。行く宛がなくて空に逃げそうになるそれを、イルミさんがつかまえてくれた。くちびるの端をすこしだけ持ち上げてみせる。
「酔った勢い」
確かに行きの飛行船で、イルミさんはテキーラを涼しい顔で飲んでいたっけ、と思う。ゾルディックの人間が市販の酒ごときで酔うわけがないと知っていたけど、わたしはうなずく。
だってもう日が沈む。
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ま - 一気に読み切ってしまいました!楽しかったです!途中感情移入して泣いちゃうとこもありました笑更新楽しみに待ってます! (4月16日 21時) (レス) @page39 id: 46b1d29c13 (このIDを非表示/違反報告)
◎SaE(プロフ) - あなたの書く文章が大好きです。 (12月22日 11時) (レス) id: 5b13a1df84 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき(プロフ) - 更新待ってます。 (9月2日 23時) (レス) id: fdd6e06bf4 (このIDを非表示/違反報告)
こもれび(プロフ) - 有希さんと好みが似ているのか、好きなキャラや印象で近しいものが多くて共感しまくりです。こちらの作品を詠ませて頂くのは多分これが3度目なのですが、性懲りも無く毎度同じ場面で泣いてます。顔面が涙でぼろぼろです。言葉巧みな表現が大好きです。応援しています。 (2022年12月28日 4時) (レス) @page39 id: 4d4f4ab205 (このIDを非表示/違反報告)
ちぇる-ameizumi(プロフ) - 今出ているところまで読み切りましたがとて好きな文章構成や内容で、ところどころでほんとに泣いてしまいそうでした。終わりが見えてきそうですが最後まで応援しています。 (2022年12月23日 0時) (レス) id: 5d2780f034 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:有希 | 作成日時:2021年11月14日 16時