紫煙ヒトメボレ

湿る空が乾く色 ページ17

あれから伊野尾さんを紹介してもらい。なんと光くんたちは俺の引越しのお手伝い(という名の冷やかし)に来てくれたらしい。


『やっぱ引越しそばだろ』


『そんな用意までしてくれたの？ありがとう！』


『大ちゃん可愛いわ〜どっかの誰かさんとは大違い』


『俺が可愛いくて誰が得するんだよ』


薮先生が可愛いと俺は得するけどなぁ


『建築関係トントントン』


『なにそれ』


『俺の仕事』


『どっかの芸人のパクリじゃねーか』


薮先生が誰かと笑いながらお喋りをする、っていうそんな日常が当たり前のようにある。


病院じゃ考えられないからな。


『先生、病院でもそうやって笑ってたらいいのに』


『おかしくもないのに笑えるか』


『そうじゃなくて。愛想がなさすぎです』


『患者だけじゃなくスタッフにまで愛想振り撒けって？無茶言うな』


『薮は大ちゃんがいればご機嫌だけどな』






『なんでお前またいるんだ。医者ってのはそんな暇か？あ？』


『あいつは？』


『お前ついに俺のことも眼中になしか』


今までは隙あらば煙草を吸いに行っていたこいつが、呼んでもいないのに病棟へ顔を出すなんて。


『ねぇ薮先生またいるよ…』


『なんでいるの〜私怒鳴られてから苦手なんだよね…』


良い意味でも悪い意味でも厳しくて有名な薮のことを苦手なスタッフはかなり多い。


そこまでみんなに恐れられている薮が、たった一人大ちゃんに会いたいが為だけに病棟へ来るなんて、誰が想像しただろう。


『あれ、薮先生どうされました？』


『…俺の担当さん元気？』


『えーっと、先生の担当さん、今ここにはいないですけど…』


『…そうだったか。そうかそうか』


いやいやどんな誤魔化し方だよ、下手くそか。


素直に顔が見たくて来たって、なんで言えないかね。


俺にしか分からないような幸せオーラがだだ漏れ。


大ちゃんはそれにさっぱり気付いていないけれど。


最後に、ぽんと大ちゃんの頭を撫でていくのも無自覚なんだろうな、あれ。


それのせいでスタッフたちは薮と大ちゃんがどんな関係なんだという噂で持ち切り。


関係のない俺は影で腹を抱えて笑うしかない。教えてやる義理もないし。


にしても。あんな風に薮が穏やかな顔で誰かに触れるなんて、いのちゃんが知ったら驚きそうだ。まずキモがられるだろうけど。

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