おちくぼみ ページ1
建築物の谷間で眠り、陽光から隠匿され、愛情といえば聞こえ良いか期待と失望を平等に欲した。
＿＿_忘れ難きかな、愛猫よ。
脳髄に住み着く男は云う。
その度私は、朝に迎え撃つ。
*
その任務に於いて、割り当てられた人数を抹殺することは極めて容易であった。どうしたものか標的幹部数名がひとところに集結しており、何かしら深手を負っていた故の手軽さである。
建築物郡の迷路をするすると、見知った道まで到達すると私は安堵の息を吐く。目的の酒屋は目前にあった。
酒屋は木造の至って簡単な様式であるように見えたが、それ『味』なのだよ、と何時かに先生が仰ったのでそう認識している。これが『味』というものだ。
「……え」
突如として額を襲った因業なる水滴に私は数歩後退る。そうしてもなお、私を取り囲み見慣れた銃弾が如く絶え間のないそれ、世の悉くを嘲弄し濡らしていくそれに決して抵抗をみせない。＿＿＿＿＿＿私も、彼も。
彼の名を冠する男の記録を私は一向に持ち得ていない。包帯に抱き込まれた小国民か？＿＿否、彼の背丈はそれ以上である。知性の眼は確かに見える。
私が彼を当初のように感じたのは、突発的な印象にある。彼は私を認めると微笑、そうして天のどこかしら見当もつかない何かを凝視した。その微笑に私は小国民を覚えた。彼らの何かしらを知り、絶望を刻んだ瞬間特有の、大人という言葉を自らに重ねた瞬間を思わせる一種の諦観である。
長身で痩せぎす、身形にそぐわず四方八方と思わしき方向に跳ねていた黒い蓬髪なぞは予測無き天候にくたりとしている。
___＿綺麗だ。
何となく秀麗な顔付き故にそう思い得たのかもしれない。また考えられるのは、彼の闇自体に惹かれていたのかもしれぬ、という淡い観測。
彼への一瞬の耽溺と等しく私の内にあった感情は、畏怖ただそれだけである。
続く
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作者名：夏拍子。 | 作成日時：2018年7月11日 1時
