空中遊泳

春はどこへ:kwmr ページ31

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あんなに賑やかだった教室も、人が出払ってしまえばこんなにも静かだった。
部活の声も窓越しだとあまり聞こえない。



「あれ、まだいたの？」
「あ、先生」
「何か忘れ物？」
「いや、なんとなく、まだ帰りたくないなと思って」
「そう、いても構わないけど、なるべく早く帰るようにね」
「はーい」

これは河村先生、世界史担当で私の担任。
切れ長な目と雰囲気が苦手という友達もいるけど、私にはそれが魅力的で好きだった。

好きとは、まあ、そういうこと。

「先生は？」
「明日の授業準備。職員室は少し賑やかだから、静かなところでやりたくてね」
「へえ…先生っぽい」
「どうして？」
「ワーワーしてるの嫌いそうだから、」
「そうねぇ、進んで騒ぐわけじゃないけど、かといって嫌いってこともないよ」

この前の体育祭は楽しかったし、と続ける先生が優しく微笑む。

全世界にこの表情を知ってほしいような、ひたすらひとり占めしたいような。

「そういえばこの前の試験、世界史の点数よかったね」
「先生のおかげです」
「いや、Aさんの実力だよ」
「でも授業分かりやすいし、」
「それはどうも」

同じものを好きになれば、頑張れば、少しだけ先生に近づける気がした。
先生との埋められない差を埋めたかった。


遠く、運動部の掛け声が聞こえる。


「先生、あと三か月で卒業ですよ、私」
「そうだねぇ」
「……大学って楽しいのかなぁ、」
「うーん、何事も楽しもうと思えば楽しくなるんじゃない？」
「先生は？楽しかったですか？」
「そうだなぁ……うん、楽しかったよ、とっても」

当時を思い出しているのか、満足げな表情を浮かべながら話す先生が、いや、当時の先生を知っている人が、少し羨ましかった。


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