「ん」で終わっちゃ駄目ですよ。

↑その距離、すでに0cm。 ページ12

バシバシと傘に雨が当たる音が激しくなる。

少し雨足が強まったせいか、声も聞こえづらくなる。



次第に大きな声になる。


掠れて聞こえないところもあるから必死に汲み取って聞く。

それはさながら普段のクイズのようである。




須貝さんに合わせて理系(物理学)の話をしていた。

個人的に好きなのもあるが、須貝さんが物理学専攻と知りさらにむさぼるように調べている。




「でも、Aさん理系じゃないのに、よく知ってるね」


『あぁ、まぁ…』



まぁ、あなたが物理学専攻なので、とは流石に言えんわなぁ。

程よくかわす。




傘の中はほとんど密接している。

その距離は、もうない。

心の距離もなんとなく縮まったような気がして、嬉しくなる。




「俺んち、もうすぐなんだ。」


『そうなんですね』




何故かその言葉を皮切りに、2人とも押し黙ってしまった。

黙ったまま歩みを進める。


雨音と、靴音と、呼吸音がはっきりと聞こえる。



彼がピタリと家の前で止まった。




「俺んち、ここなの」


『傘、ありがとうございました』



もうここまで来たら濡れてもしょうがないか。

と一種の諦めを持って傘を抜け出ようとすると、腕をがっしり掴まれた。


優しく慈愛のこもった瞳が私をうつしている。



「持ってきな。風邪ひいちゃうから。」




さっきまで須貝さんが持っていた柄の辺りが温かい。

しっかりと握り直す。



雨音も弱くなってきた。

柔らかい霧のような雨。傘は要らないかもしれない。


けど、離したくなかった。




須貝さんも、やっぱり傘要らないんじゃない、とは言わなかった。

何故だか数秒見つめあった。



彼は困ったように眉を寄せて笑う。




「困ったな」


『え？』


「ごめんね、俺わがままだからさ。」




グイッと腕を引かれた。

雨音で声が消えないようにか、単純に引き寄せたかったのか。


耳元に寄せられた声がやけに低く優しかった。



「もうちょっとAさんと話してたいな、なんて。」



期待しちゃうよ、そんな事言うのは反則でしょ。

だって、私は好きなのに。


都合の良い方に解釈しちゃうよ。




その引かれるままに、彼の部屋に入る。





彼は、期待したってなんだって、もうその距離は0cmだったと後に教えてくれた。

顔を赤く染め上げながら。

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