愛を込めて花束を2【降谷零】

12話 ページ47

見つめ合う降谷とAは気づかない。
暖簾を潜ろうとした千鳥足の男2人が、慌てて店を離れた事に。

その2人組が、心底嬉しそうに、まるで父親の様な笑みを浮かべていた事に。

「菊池さん！今日は祝杯だ…っ‼」

「おうよ！杉田さん朝まで付き合うぜ…っ‼」

「あ、ちょっと待ってくれ…っ‼
………………、これで良しっと。」







「さ、デザート食べましょうか。」

「ここに居る限り、女将モードは早々崩せないか…」

「崩そうとしないで下さい、…旦那さん。
…なんちゃって。」

「………っかい」

「え？」

「今の、もう一回言って？」







「ご馳走様でした。」

徐々に暑くなり始めるこの時期にピッタリなデザートを平らげ、後片付けをするAの背中を眺めながら降谷は言った。

「今日も送ってく。」

「疲れてませんか？」

わざわざ食器を洗う手を止め、振り返ったAの眉は下がりきっている。
思わぬ既視感に、降谷は一瞬言葉に詰まった。

(自分は何となく猫派だと思ってたけど…うん、確実に犬だな。)

「零さん？」

「え？ああ、疲れてない訳じゃないけど、彼女を送って行く位造作もないさ。
そんな柔に見えるか？」

付き合いが決して長い訳ではない。
むしろ、言葉通り降谷とAが付き合う事を通り越し、婚約までいったのさえほんの少し前の出来事だ。
けれど、Aも何となく分かっていた。
一見スマートに見える降谷も、案外頑固で、かなり強引に事を進める男だという事。

そして

それを嬉しいと思ってしまう自分が居ること。

「少しでも長く一緒に居たいので、送ってって欲しいです。
待ってて貰えますか？」

「……っ‼」




時折思う。
彼女は、俺を殺す天才だと。






「お待たせしました。」

「元栓は大丈夫？」

「大丈夫です。」

さぁ帰ろうと、降谷が引き戸を引こうとすると、何やら外でクシャっと潰れる音が聞こえた。

「ん？」

「どうかしました？」

「いや、外の扉に何か貼ってある…」

「え？」

降谷は恐る恐る引き戸を引くと、2人揃って外に出る。
少し歪な形にひしゃげてしまっているが、文字は十分読み取れた。

「あ」
「あ…」

そこには、Aの字とは似ても似つかない。
あり合わせの紙やペンなどで書かれたのが見てとれる。

そこには
【本日貸切！】の文字。

そして、その下には小さく
【お幸せに！】

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