愛を込めて花束を【降谷零】

07話 ページ44

「……」

Aがハムサンドを一口ぱくりと口にし、もぐもぐと咀嚼すること数秒。
降谷は人知れず呼吸を忘れて横目でチラリとAを見た。

「……美味しい！」

まただ。
この、花が咲いた様なAの笑顔を見る度に降谷は、ときめきなどと青いものでもなく、この笑顔を独り占めしたいという焦燥感にも似た欲望に駆られる。


「本当に美味しいです！…安室さん？」

「え？あぁ、お口に合った様で良かった。」

「こんなに美味しいハムサンドが作れるのに、辞めてしまったんですね…勿体無い。」

「そう言って頂けるだけで、全ては無駄じゃなかったって思えます。」


褒められて悪い気はしない。
ポアロでの勤務のきっかけは、彼女からすれば不純なものだろうから口が裂けても言わない。
潜入捜査の為といえど、ポアロでの仕事にも手を抜いた事は一度もない。
その結果が今この瞬間に結び付くなら、あの多忙すぎたトリプルフェイスも無駄ではなかったと思えた。


「ちなみに、実はある隠し味が入ってるんですが…何か分かりますか？」

「……暴かない方が良い謎もあると思いません？」


Aは、いたずらな笑みを浮かべる。
おどけた様な表情を見せたかと思うと、幸せそうに二口目を口にした。


「安室さんの彼女になる方は大変そうですね。」

「え？」

「お店で出してたって事は原価とかも考えたら、特別な材料はきっと使ってないって事ですよね？」


自画自賛する訳ではないが、ハムサンドを食べた者は大概、どんな良い食材を使っているのだと問う。
開口一番、経営者としての視点から考え、その質問が飛んでくるとは、さすが小料理屋の女将をやっているだけあるな、と降谷は素直に心の中でAに賞賛の拍手を送る。


「驚いた…御名答です。
人様にお出ししといて言うのもあれですが、パンは安くなってる位の少し固めの方が良いんです。」

「それなのに誤魔化しようがないシンプルなサンドイッチでこの味が出せるって、本当に凄いです。
だから、彼氏がこんな料理上手だったら彼女になる人のプレッシャーは凄まじいですね。」


Aがおどけた様に笑う。

「貴方でも…」

「え？」

「貴方でも、プレッシャーに感じますか？」


安室透は、笑わない。

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