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「ほーら、離れて」
半分怒った口調の妻から、手の力を抜いて、渋々離れた。
俺が大人しく隣に座るのを見て、また裁縫を始めた妻の姿を眺めながら、この人は一生かけて幸せにしていく人だと再確認した。
「……できた。はい、」
程なくして、嬉しそうに縫い直したボタンの箇所を見せてくれる。
「ありがとう」
この言葉に普段の感謝も込めて。
縫い終わったシャツを貰おうとすると、
「今は針持ってないから…」
と言って、今度は向こうから抱きついてきた。
瞳を閉じて、胸に顔を埋めている。
口が動いたので何を言うのかと思ったら、
「最近は、漫才してる時の隆くんが一番好き。それに、やっとかまいたちのことも世に知れ渡ったし。私みたいにさ、かまいたちのこと好きな人ってたくさんいると思う。だからさ、仕事頑張ってよ」
すっごく嬉しいことを言ってくれた。
これだけで、辛いことも今までの苦労もぜんぶ報われるような。
「ありがとう…」
抱きしめた。涙が出そうになって、唇をきつく噛む。
「…さっきの励ましで勇気出た。俺が思うようにやるよ」
「そっか。頑張れ」
俺が明日やろうとしていることを知らない妻は、明るく俺の背中を押してくれる。
それに対しての罪悪感や後ろめたさで、今になって心の中がいっぱいになる。
「うん。頑張ってくる」
妻のことはもちろん好きで愛してる。でも、夏木を救わないといけない。
俺しか夏木は救えない。
救うなんて大層なこと、俺の勝手な妄想で、正義でありたいという願望が創り出しているただの虚像に過ぎないかもしれない。
たとえそうだとしても、ケジメをつけるためにも俺は夏木に会いに行ってくる。
なぁ、許してくれ。必ず帰ってくるから。
頬に涙が伝うのが、自分でも分かった。
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作者名：さら | 作成日時：2020年12月6日 21時
