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「ただいま…」
満身創痍で帰宅した。
もう日付は変わったというのに、まだ灯りがついている。
不思議に思ってリビングを覗くと、妻が一人、テーブルについて裁縫をしていた。
「おかえり…遅かったね」
「こんな遅くまで、何してるん」
珍しい。夜遅くに帰ると大体寝てるというのに。
「何してるんって言われても。これ、」
そう言いながら、こちらにテーブルの上の物を見せる。
自分のシャツだった。
「洗濯してたらボタンが今にも取れそうになってるの見つけて…これ、漫才衣装でしょ？ビシッとした格好で仕事してもらわないと」
ぼんやりと針を持って動く妻の手を見る。
その手は丁寧に一針一針通していく。
「明日でも良かったんだけど、隆くんの帰り待つついでにやっちゃおうと思っ…てっ！」
気付けば後ろから手を回していた。
息を呑むような気配のした一瞬の沈黙の後、
「ちょっと…針持ってるから離れて。危ないでしょ。ほーら、離れて」
呆れたような心配するような妻の声が響く。
「……」
「どうしたの。何か嫌なことでもあった？」
「ちょっとなぁ…胸がいっぱいで、つらくて」
１週間前のバーでのことが鮮明にフラッシュバックする。
＿＿＿なぁ、濱家くん。私今でも濱家くんのこと好きやで。
＿＿＿何回も飲みに誘って、こんなプライベートなことまで言うてるんやで。気があるに決まっとるやん。
「…どうしてええか、分からんねん」
いや、ほんとはもう分かってる。答えも出てる。
でも、君に黙って行くことはどうしても出来なくて。怖がりな俺は自分の出した答えに『正解』と言って欲しくて。
「うーん…私、仕事のこととかは分からないけど、隆くんならきっと大丈夫だよ」
そうとも知らないでか、それともなんとなく雰囲気を感じとってか、俺の望む言葉を言ってくれる。
「そうかな」
「うん。隆くんが思うようにやったら良いと思う」
「そうなんやろか…？」
「…答えになってないかな？」
「そんなことあれへん」
妻が愛おしくて。
手の力を強めたら、腕の中で小さい悲鳴が上がった。
「わっ！ホントに危ない。一旦、手解いて！」
「…ふははっ、」
久しぶりやな。こういう風に二人で居るのも。
幸せだなって思ったら、自然と笑えてきた。
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作者名：さら | 作成日時：2020年12月6日 21時
