32 song. ページ33
学園祭当日。
控室として与えられた空き教室の窓から外を眺める心春の瞳には、非日常的な光景が映っていた。
立ち並ぶ出店に、大勢の人々。そして、大きなグラウンドのど真ん中には立派な特設ステージが設けられており、今はミスコンの結果発表が行われていた。ステージ前にはこれまた大勢の人たちが興味津々な様子で見上げている。
あと1時間もしたら、心春はあそこに立たなければいけない。
「心春ちゃん、落ち着いて。ほら、ミルクティーをどうぞ」
窓際でがたがた震え上がる心春に対して、万理は落ち着かせるように背を撫でながらも冷たいミルクティーを差し出した。敏腕マネージャーは、心春が好む飲み物は完璧に把握している。
懸命にストローを吸ってミルクティーをゴクリと飲み込む。冷たい液体が体をめぐる感覚がして、緊張で張りつめていた神経が少し落ち着いた気がした。
「ごめんなさい、万理くん。想像以上に立派なステージで、凄く緊張してしまって……」
「心春ちゃんにとっては初めてのステージ出演だから、緊張して当たり前だよ」
弱音を吐く心春に、万理は今日も今日とて優しかった。
「ステージの上から見える景色は未知の光景で、最初は怖いかもしれない。けれど、きっとその光景が与える感情は恐怖だけじゃないと、俺は思うよ」
万理は窓からステージを眺めながら、語りかけるような優しい口調でそう言う。
その瞳には、ほんのわずかに懐かしむような、そしてどこか切ない感情が見え隠れしているようで、心春は無意識に手を伸ばす。触れた手は、少し冷たかった。
「心春ちゃん……?」
「はっ、す、すみません! ……なんだか、ちょっと悲しそうな顔をしていらしたので」
彼女がそう言うと、万理は驚いたように目を見開いた後、柔く微笑んだ。
「本当、君にはなんでもお見通しなんだなあ」
「い、いえ! 私にはそのような特殊能力はありません!」
ぱっと触れていた手を離し、ぶんぶんと大袈裟に手を横に振る心春に、万理は声を上げて笑った。
「俺が心春ちゃんを支えなきゃいけないのに、心配かけてごめんね」
「そんなことありません! 今はまだまだ未熟ですが、私も、万理くんを支えられるような、立派な人間になりたいです」
密かな野望を口にする心春に、万理はとても幸せそうな、優しい笑みを浮かべた。
和やかな雰囲気の中、扉からコンコン、とノック音が聞こえて心春は「ひょ」と情けない声をあげて飛び上がった。
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作者名:冬眞 | 作成日時:2021年7月3日 13時