検索窓
今日:5 hit、昨日:14 hit、合計:69,848 hit

32 song. ページ33

学園祭当日。
 控室として与えられた空き教室の窓から外を眺める心春の瞳には、非日常的な光景が映っていた。
 
 立ち並ぶ出店に、大勢の人々。そして、大きなグラウンドのど真ん中には立派な特設ステージが設けられており、今はミスコンの結果発表が行われていた。ステージ前にはこれまた大勢の人たちが興味津々な様子で見上げている。
 あと1時間もしたら、心春はあそこに立たなければいけない。

「心春ちゃん、落ち着いて。ほら、ミルクティーをどうぞ」

 窓際でがたがた震え上がる心春に対して、万理は落ち着かせるように背を撫でながらも冷たいミルクティーを差し出した。敏腕マネージャーは、心春が好む飲み物は完璧に把握している。

 懸命にストローを吸ってミルクティーをゴクリと飲み込む。冷たい液体が体をめぐる感覚がして、緊張で張りつめていた神経が少し落ち着いた気がした。

「ごめんなさい、万理くん。想像以上に立派なステージで、凄く緊張してしまって……」
「心春ちゃんにとっては初めてのステージ出演だから、緊張して当たり前だよ」

 弱音を吐く心春に、万理は今日も今日とて優しかった。
 
「ステージの上から見える景色は未知の光景で、最初は怖いかもしれない。けれど、きっとその光景が与える感情は恐怖だけじゃないと、俺は思うよ」

 万理は窓からステージを眺めながら、語りかけるような優しい口調でそう言う。
 その瞳には、ほんのわずかに懐かしむような、そしてどこか切ない感情が見え隠れしているようで、心春は無意識に手を伸ばす。触れた手は、少し冷たかった。

「心春ちゃん……?」
「はっ、す、すみません! ……なんだか、ちょっと悲しそうな顔をしていらしたので」

 彼女がそう言うと、万理は驚いたように目を見開いた後、柔く微笑んだ。

「本当、君にはなんでもお見通しなんだなあ」
「い、いえ! 私にはそのような特殊能力はありません!」

 ぱっと触れていた手を離し、ぶんぶんと大袈裟に手を横に振る心春に、万理は声を上げて笑った。

「俺が心春ちゃんを支えなきゃいけないのに、心配かけてごめんね」
「そんなことありません! 今はまだまだ未熟ですが、私も、万理くんを支えられるような、立派な人間になりたいです」

 密かな野望を口にする心春に、万理はとても幸せそうな、優しい笑みを浮かべた。

 和やかな雰囲気の中、扉からコンコン、とノック音が聞こえて心春は「ひょ」と情けない声をあげて飛び上がった。

33 song.→←31 song.



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.9/10 (98 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
233人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

この作品にコメントを書くにはログインが必要です   ログイン

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:冬眞 | 作成日時:2021年7月3日 13時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。