【npl】愛色図書館【短編集】

時は止まったまま動いている【8】 ページ39

死にたい、と一言だけ、頭に浮かぶ。
きっかけになるような大きくてしっかりとした理由はなくて、けれどもわたしの頭の中には、常にふわふわと希死念慮が浮かんでいる。
仕事が終わって、あとは家に帰るだけなのに、わたしの頭の中には、嫌なことだけが浮かぶ。
仕事着でもあるメイド服の丈が短いこと、変なお客さんによくわからない理由で説教されたこと、頭痛薬が効きすぎて眠いこと、朝雨が降っていたせいで私服のスカートが濡れたこと、まだ残っている奨学金のこと、わたしがまだ生きていること。
小さな嫌なことのすべてが、わたしの希死念慮に繋がっていく。
ロッカーに仕事着を仕舞い込んで、リュックサックを背負う。「お先に失礼します」と小さな声で言うと、背後から「おつかれー」「おつかれさまでーす」と数人の女の子たちの声が聞こえる。声を出すことがどんなに億劫でも、程よいコミュニケーションをとらなければ社会で生きていけない。
わたしの私服のスカートはロングで、それがまた仕事着に対するいらいらを募らせる原因になっていく。何かしらの大きな理由があるわけではなく、ただ単純に落ち着かないという理由だけで、わたしは常にあの丈の短いメイド服を燃やしたい気持ちに襲われている。
けれど、メイド服を燃やすことは脳内で終わらせて、現実のわたしは帰るために足を動かさなければいけない。
それは一種の強迫観念的なもので、わたしはわたしが唯一心置きなく休める場所を現在住んでいるマンションに置いているからという単純な理由だ。

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