其の拾陸 蜘蛛の糸 ページ17
その声は美妙に向けられていた。
「初めまして。私は鏡花、探偵社員」
「ご丁寧にどうも。夏目美妙です。宜しく、泉ちゃん」
鏡花は頷いて、踵を返そうとした。それを見て慌てて敦が引き留める。
「あ、待って鏡花ちゃん!もう行くの?依頼入ってるの?」
「ううん。入ってない」
鏡花はかぶりを振る。
「だったら、もう少しゆっくりしていかない?折角だから貴女の意見も聞かせて欲しいの」
美妙は大層美しい笑みを浮かべた。今更ながらこの女、芸能人やホストなども混じるディビジョン代表チーム達と少なからず顔を合わせる機会のある一郎達から見ても美しいと思える容姿である。
代表チームの者どもは男なのだが、目が肥えるのに男も女もない。華やかに笑う妙齢の女は年齢相応もしくはそれより若く見える。だが、目を細め人の話に耳を傾ける様子は中性的にもみえる。青年だと言われれば信じてしまいそうだ。
鏡花は暫く考えた後、大人しく椅子に座った。
「其れじゃあ話を戻すと、此方でも微力ながら捜索に協力しよう」
「本当ですか!?」
「勿論。ただ、捜索する上で手掛かりが多い事に越した事はないから、君達の“姉”について教えてくれる?」
「はい!」
それから一郎達は朧げな記憶を辿り、姉について話した。だが彼等の中の姉は齢十五にも満たない子供。現在はどのような姿をしているのかは不明。この様な人探しをする場合、重要になってくるのは矢張り氏名なのだが──
「名前が判らないと」
「はい…何故か名前だけ分からないんです。っでも、あの人は確かに存在したんです!」
「成程。まあ此の情報で絞り込んでみよう。其の前に君達に云っておくが、私が協力出来るのは
「いえ、協力してくれるだけでもありがたいです」
一郎にとって彼女は蜘蛛の糸の様な存在だった。彼女の言葉は、確かに彼等兄弟を奮い立たせていた。
湯呑みと皿はいつの間にか空になっていた。
「今日はこれで失礼します。本当にありがとうございました」
一郎に倣って二郎と三郎もそれぞれ礼を述べる。また数時間捜査をするつもりなのだろう。
「いえ、吉報を期待していますよ」
美妙は戸口に向かった三人にゆるりと手を振った。ドアベルの音の後、店内は少しだけ静寂に包まれた。
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作者名:耐熱ガラス | 作成日時:2020年3月15日 17時