【d!】散逸スプートニク【短編集】 (ページ4)

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空蝉を見た/knsm ページ4

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【観照】[名]
主観をまじえないで現実を冷静に見つめ考えること。
理論によらず直感によって美を具象的・直接的に悟ること。

しっとりと濡れたようなどこか仄暗い雰囲気を纏うときの彼女が浸っているのは感傷ではなく、観照だとコネシマは確信していた。
主観の無い視界で現実を捉えた彼女の目は、澄みきっている。

「死んだら、どうなるんだろうね」

「急やな」

先程まで喫煙による害を述べるテレビから流れる声に、副流煙は主流煙よりも毒だなんだと散々聞かされていた彼女、Aは受動喫煙を厭わない。だからこうしてわざわざベランダで喫煙するコネシマの横に佇んでいるのだ。
それがコネシマを複雑な心境にさせているのを知らないAはぼうっと一点を見つめて、また独白に近いそれを口にした。

「人って死んだらそこで終わりじゃん。魂とか輪廻転生がどうとかは分かんないけどもしそれらがないとしてさ、死ぬときは意識途切れてそのままみたいになるのかな」

真っ暗闇なのかな

どことなく寂しげな彼女に、珍しいなと漠然と思ったコネシマは、相変わらずタールを灰に溜め続けている。

「そうなら、眠るって表現はあながち間違いじゃないね」

そう呟いたAの、先程とは打って変わって可愛らしいふにゃりとした柔らかな笑顔にコネシマは弱い。彼女は多分それも知らない。
世間を観照することが多いがいつも穏やかで笑みを絶やさないAは、時々憂いを帯びて別人のようになる。それを見る度にコネシマはどうしようもなく彼女に焦がれる。そしてまだ長い煙草を灰皿に押し付けて、Aの背に腕を回すのだ。

「シッマ、いつも私がこういう話すると抱き締めてくれるよね、私そう簡単に眠ったりしないから大丈夫」

「ちゃうねん」

かすかに感じる背中に回された腕の温度と、お揃いのはずなのに魅力的に思えるAの髪から匂うシャンプーの香りに目眩がする。
あ、そう言えば、こいつ風呂上がりやったわ。
唐突に思い出したコネシマは名残惜しそうに腕に込めた力を緩めると、体を冷やさぬようにとAに部屋へ戻るよう促した。

蝉の脱け殻が冬になるにつれ忘れられるように、年明けの雰囲気も消えかかっている。それらに抱く感情はないのだが、代わってコネシマの脳を占領するのはやはり彼女。

抱き締めあったとき、ふと彼女が『眠るのが死なら、コネシマの夢を見れたらいいな』なんて言ってのけたことを部屋に入ってから思い出し、心臓が鷲掴みにされる感覚を引きずりながらコネシマは後ろ手に窓を閉めた。