★★「ちゃんと覚えとるわ」 ページ12
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「では、失礼しますね」
「オイ！」
床に落ちた本を拾い上げ、背を向ける女を呼び止める。細い腕を掴んで進む方向と逆に引いた。
「なにか？」
「……ぁ、」
“なにか？”
残念ながらその質問の答えは持ち得ていなかった。何も考えずに腕を掴んだから、用件を尋ねられて焦り出す。なにか、なにか言わなくては。
「……その本」
「？」
女が持っている本を一冊、適当に指を差して呟いていた。
「あ、もしかしてこの本が必要でした？でしたらどうぞ、使って下さい」
「あ？いや……いい」
「え……？必要なんですよね？遠慮なさらないで構いませんのに」
俺の態度が遠慮しているように見えるらしいが、違う。表紙には『物質科学』の文字。しかも入門編ではなく、かなり専門的な内容の。当然ながら俺には必要ない。今更そんなことを言い出せるわけもなく。
「……てめぇが使うんだろ。気ぃ遣ってんじゃねぇ」
「そういうつもりではないのですけれど……。なら、一緒に使いましょうか」
そんな流れで必要のない本をシェアすることになった。昨日と同じく自習スペースの机で向かい合わせで座った。
「またこうやってお話しできて嬉しいです」
「あ？」
「もう話しかけては下さらないと思っていましたので」
雄英と
「
「それ、昔の話だろ」
「え？」
アホ面の話を思い出して、それが“昔の話”であることを指摘する。先人が残したくだらない意識に踊らされるなんて、馬鹿らしい。
「それとも、お前がそう思ってんのか？」
「いえ私はそんな……っ」
「じゃ、良いだろ」
「……はい。はい、そうですねっ」
俺の言葉に明るい声で同意する女は嬉しそうに微笑んだ。
「そういえば爆豪さん」
「あ？」
「私の名前、覚えてますか？」
軽く首を傾げて俺の目を見て尋ねる。
「だって、“お前”とか“てめぇ”としか呼んでいただけないので……。覚えにくいですよね。漢字も読み方も……」
「──A」
「！」
自分から訊いておいて驚いた表情をするA。意外だと言わんばかりで、失礼な奴だ。
「ちゃんと覚えとるわ」
忘れたくとも、忘れられなかった名前だ──……
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作者名：瑪瑙
| 作成日時：2018年10月25日 0時
