ヒロイック・シンフォニー【Secret】 (ページ40)

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　　　「もう……だめ、もたないっ！」ページ40

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破片が散らばる床を少しへこませて着地した“それ”は、ギロリと目を光らせて周囲の人間を見渡した。

「きゃーー！！」
「は、入ってきたぞっ！！」

ヒトではない。
しかしその形状は見知ったものだった。

脳らしき機関がむき出しになっているそれを、人は『脳無』と呼ぶ。

「だ、誰か……っ」
「警察を……、いえヒーローを呼んで！！」
「た、助けてくれぇっ」

ホール内は混乱していた。

叫びながら逃げる者。
床にへたり込んでいる者。
勇敢にも個性を使って挑もうと構えている者。

Aに話しかけた男は白目を抜いて倒れていた。

(ヒーローを……勝己君、いや焦凍を……)

個人的に呼び出すならAが所属しているヒーロー事務所の焦凍が妥当だ。
……が、スマホは貴重品と一緒に鞄の中にいれて、ロッカーにしまってある。

情報の漏洩を防ぐための対策として、部外者のAはスマホを持たせてはもらえなかった。

(どうしよう……っ)

自分にできる手だてがなくて焦りが増す。
動きの鈍い脳無は値踏みするように１人１人の顔を確認していた。

(──……ッ)

ほんの一瞬“それ”と目が合い、Aは金縛りにあったように動けなくなった。
まるで脚が床に縫い付けられたみたいだ。

脳無は興味なさそうにAから目を逸らし順々に視線を巡らせた後、ある一点で動きを止めた。

(あれは……)

視線の先にいたのは今回のミュージカルでヒロイン役として抜擢された女優── 暗薄輝(くらうすてる)。
動きは緩慢だが大きな一歩で着実に彼女に距離をつめていった。

「や……、誰か、た、たす……っ」

弱々しく助けを呼ぶ声を耳にして、動かなかったはずの脚が床を蹴り出していた。
彼女の前に立ち、できるかぎりの氷で防壁を作り出した。

「はぁ…………」

肺の中の冷たい空気を吐き出す。
これで少しの時間稼ぎを……なんて考えたが、甘かった。

脳無は細い腕のどこにそんな力があるのかという怪力で、氷を砕き始めた。
誰も助けようとする者はいない。
脳無の特殊な能力で体を固定されているのだ。
Aが動けたのが奇跡。

──ガッ、ゴッ、…………ピキ……ッ

氷の向こうの影がだんだんと大きくなり、目前に１本の大きなヒビが入った。
それはすぐに数本に増え、細かくなっていく。

(もう……だめ、もたないっ！)

氷が割れたと同時に、間近に脳無の姿が現れた。

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