79. 上書き ページ29
てつやと入れ違いでシャワーを浴びて、浴室から出ると備え付けのバスローブに袖を通す。
濡れた髪を拭きながら鏡に映った自分と目が合った。
もう大丈夫、今のてつやへの思いを信じよう。
それなのに今目の前にいる自分がまるで他人みたいに見えた。
そこから視線を外して私はバスルームを後にする。
部屋の中には大きなソファーに座ってるてつやがいた。
私と同じバスローブを身につけた…
そこへ私はそっと歩み寄ると、てつやの目の前で立ち止まる。
それに気がついててつやが顔を上げると、ふいに私の左手を握り締めてきた。
「ねぇ、てつや」
「…なんだ」
「どうしてこんなことするの?」
「こんなことってなんだよ」
「わざわざ高いお店でご飯食べて、スイートルーム取って。私には理解できないよ」
淡々と紡いだ私の言葉にてつやが笑った。
繋いだ手はそのままで。
「なんて言ったらいいか分からんけど…Aの過去の辛い記憶を上書きしたかったんだよ」
「上書き?」
「俺が今お前にしてやれる全てで、最高の思い出を作ってやりたいって思った」
そう言って、てつやがソファーから立ち上がる。
私と向かいあって今度は私の頬を両手で包んだ。
「それでAがあの頃のことを忘れられればいいって、じゃあ俺に何が出来るか考えたらこんなことしか思いつかなかった」
てつやの優しい言葉が胸を深く打って泣きそうになった。
泣いたらダメだ、ちゃんとてつやの気持ち聞かなくちゃって。
そう思ったから必死で涙を堪えていた。
泣きそうになってること、きっとてつやは分かってる。
そんな私に目線を合わせて、てつやは言った。
「あの時、Aの気持ちに気づいてやれなくてごめんな」
もう無理だった。
私の瞳からはぽろぽろと涙が後から後から溢れ出して止まらない。
それを大きな掌で拭って、てつやは私を力一杯抱きしめた。
「本当にごめん」
もういいよ…
今のてつやの思いが、私の辛かった記憶を思い出に変えていく。
きっとあの頃がなかったら、今も存在しなかったはずだから。
今この時から、私は本当の意味で前に進むことができるのだろうと思う。
それは全ててつやがずっと、どんな時も私の側にいてくれたから…
「てつやありがと…」
言いたいことなら伝えきれないくらいたくさんあるのに。
なのに出た言葉はたった一言だけだった。
私達は見つめ合うとどちらからともなく唇を重ねた。
それから、二人少し離れた時てつやが私に囁いた。
「A、いいか?」
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かえで(プロフ) - みことさん» 有難いお言葉を頂き本当に光栄です。今後の執筆にとてもやる気がでました!これからの作品もぜひぜひお付き合い下さい。 (2018年2月18日 10時) (レス) id: f1c141d7d3 (このIDを非表示/違反報告)
みこと(プロフ) - こんにちは!完結おめでとうございます!てつやさんオチの作品の中で1番大好きな作品です!これからもかえでさんの作品、楽しみにしてます!(≧ω≦) (2018年2月17日 21時) (レス) id: e05cb40cc5 (このIDを非表示/違反報告)
かえで(プロフ) - ゆうきさん» とても励みになるコメントをありがとうございます。2人の子供の話も書いてみようかなと意欲が出ましたw今後も続編考えていきたいと思います。またお付き合いくださいね! (2018年2月13日 18時) (レス) id: f1c141d7d3 (このIDを非表示/違反報告)
ゆうき(プロフ) - こんにちは。コメント失礼致します。かえでさんの小説毎日の楽しみとして読んでいました!今回の番外編の更新もめちゃくちゃ嬉しかったです!!!子供生まれたあとのお話も読んでみたいです…(´;ω;`) (2018年2月13日 15時) (レス) id: bd844e0957 (このIDを非表示/違反報告)
zawa-mina(プロフ) - かえでさん» はい!もちろんです!頑張ってください! (2018年2月9日 19時) (レス) id: 2d47d3844b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:かえで | 作成日時:2018年1月24日 11時