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それで、どうしたの急に。彼女が思い出したようにそう尋ねた。生きてる所が見たいとか意味不明な事をそのままに言うわけにはいかない。かと言ってこの状況でうまい言い訳が浮かぶほど俺は図太くはない。
『Aちゃんが、』
「うん」
『Aちゃんは、』
「うん」
辿々しく言葉を紡ぐ俺を、彼女は真っ直ぐ見つめていた。黒い瞳に映る自分の姿を見た時に、俺は心臓を刺されたように思った。確かに焦っていたが、何処かで酷く落ち着いていた。ああ、からっぽなのだと腑に落ちる。真贋とか空言とかではない、単純に存在しない。ないものを分かろうなんて無理なものだ。侑は、正しかった。
『……俺が、埋めるから』
彼女は破顔した。なにをうめるの、とそう言って微笑んだ。そんな彼女を見ながら、そういえば彼女は憤った事があったろうかと考えた。面倒見がよく、優しく、誰かの話を聞いては微笑む彼女はよくできた人だった。だけれどそれは飾りでしか無かった。中身のないプレゼントボックス。侑が、俺が分かろうとしてーー侑はどうだか知らないが、わからなかった物。それこそが彼女の本質であった。
『Aちゃん』
「今日はいっぱい名前呼ぶね。どうしたの、倫太郎くん」
彼女に名前を呼ばれるたび、安心した気持ちになるのは、もしかしたらこの言葉だけは本物かもしれないと縋るように期待しているからかもしれないと思った。模倣品の彼女の、唯一無二のもの。それは彼女の呼ぶ俺の名前だけだ。
からっぽなのはあの幼少期からそうだったのだろうか。からっぽな彼女に確認する術はない。俺が抱いた家族愛や恋、もしかしたら錯覚だったかもしれないけれど、それを本物にしたいと、心から望んだ。俺が思う、好きだとか、嫌いだとか、綺麗だとか、面白いとか、些細なこの感情を共有できたらば、ほんとうに嬉しいと思った。
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作者名:定期テスト攻略ワーク。 | 作成日時:2020年7月24日 16時