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 俺の目越しに映る虚像は、相変わらず笑っている。倫太郎くん、と俺の名前を呼ぶときだけ実態を持つ、きれいな虚像。
 彼女の中身ががらんどうであることに気づいたのは、三月の事だった。薄い色の桜が開き、三年生は自由登校で、心做しか校舎全体が物寂しい。彼女は一人でぼんやりと稲荷崎のシンボル的存在である狐の銅像を眺めていた。雨風にさらされ所々錆び付いている銅像の方が、よっぽど生きているみたいだった。
『Aちゃん』
 その名前を呼ぶのに、少しばかり覚悟が必要だった。この人は、誰だろうか?そんな突拍子のない事が頭に浮かんで、でもそれは正しいのではないかとすら思えたのだ。
「ーーああ、どうしたの倫太郎くん」
 彼女が振り返り、途端その顔にいつもの笑みが浮かぶ。俺が好きだったその笑顔が些か冷たく感じた。今まで見てきた彼女は誰だったのだろうか。背筋に冷たいものが走った。
『明日、家行ってみたい。部活ないから』
 蜃気楼のように不安定な彼女を留めて、安心したかった。彼女の生きている所を確認したかった。突然の要望に、彼女は笑っていいよ、と返事をした。今度の笑顔は先程とは違い上手く彼女に馴染んでいた。
 俺のメッセージアプリに送信された地図を見ながら、彼女の家へと辿り着く。どうやら彼女は一人暮らしらしかった。彼女の両親は存在こそしていたが実質いないような物だったと思い出した。惚けたようにそこにあるチャイムを鳴らし、彼女が顔を出す。
『お邪魔します』
「うん、いらっしゃい」
 年季の入った古いアパートに似合わずそこは生活感の無いところだった。物はあるのだが、一貫性が無い。生きている所を確認したいと言う俺の些細な願いは叶わなかった。なんにもないやん、あの人ーー侑の言葉と、昨日の彼女の姿と、俺が無意識に恐れていた事が現実味を持って現れた。
『綺麗だね、この部屋』
「そうかなあ」
『ここで、本当に生活してたの?』
「うん。一日の始めと終わりはここ」
 無論、返事はそれで当たり前なのだから、俺は頷くしかない。冷蔵庫と、ベットと、机。辛うじて敷かれているマットは、何処にでも売っているような量産的な物だった。テレビは無かった。無造作にインスタントのコーヒースティックが置いてあったがケトルが無く、やかんも無さそうなので使えそうにない。充電されているスマートフォンが彼女をここに留めていた。

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作者名:定期テスト攻略ワーク。 | 作成日時:2020年7月24日 16時

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